要点(この記事でわかること)
- 経験は人的資本であり、放置すると価値化されないが、設計すれば資産になる
- 人的資本の価値は「経験値 × 投下時間 × 経験効率」で決まる
- 職業・市場・組織には経験価値の“天井”が存在し、戦略的な移動が必要
- 成長は必ず頭打ち(カンスト)するが、挑戦設計で再び伸ばせる
- 最も成長するのは「成功85%・失敗15%」の適度なリスク領域
- 易しすぎる仕事(雑魚狩り)は時間を消費するだけで、経験値を生まない
- 若さと健康は、経験値を稼ぐための初期資産であり、再生不能
- スキルは形式知、経験値は暗黙知であり、後者こそ模倣困難な競争優位
- 内省・言語化・アウトプットによって、経験は倍増・複利化する
- 今後の社会では、経験を更新し続ける個人だけが生き残る
はじめに
かつて資産といえば現金や不動産など有形の財産を指したが、現代の知識経済においては「人の経験」こそが重要な無形資産と見做されている。経済学者ゲイリー・ベッカーは、教育や訓練・医療への支出といった人的資本への投資は、長期的に収入や健康といった形でリターンを生む「資本」だと位置付けた。つまり知識・技能・経験といった人に内在するものも資本であり、分離・売却できる金融資産とは異なる形でその人の価値を高める。実際、企業価値に占める無形資産の割合は年々増加し、2020年にはS&P500企業の企業価値の90%以上が特許・ブランド・ソフトウェア・人的スキルなど無形資産によって構成されていた。このように経済全体で経験知や人的資本の重要性が高まる中、「経験」をいかに蓄積し活用するかが個人のキャリア形成においても死活的に重要になってきている。
特に日本においても「人生100年時代」と言われるように職業人生が長期化する中で、自らの経験値を資産のように捉え、長期的な人的資本の蓄積を図ることが若い世代に求められている。経営学の視点からも、競争優位の源泉は企業が保有する無形資産すなわち経験知であるとされ、個人にとっても自らの経験(成功体験のみならず失敗も含む)こそが「代えのきかない資産」であると認識されている。例えば新規事業の失敗は一見マイナスに思えるが、その失敗から得た学びは将来の判断を改善する貴重なデータであり、「失敗は最大の資産になり得る」とも言われる。このように個人が蓄積する経験は、それ自体が経済的価値創出の源泉となりうるため、本稿では「経験値と資産価値」というメタファーを軸に、キャリア形成および人的資本の最大化戦略について考察する。
本論文ではまず第1章にて「経験値」の概念を行動経済学の観点から定義し、第2章で経験値と時間投資の関係を数式的に示す。続く第3章・第4章では職業や市場の違い、個人差によって経験の資産価値にどのような上限や壁(いわゆる「カンスト(レベル上限)の壁」)が生じるかを論じる。第5章・第6章では経験値獲得の効率を高めるためのリスクマネジメントと、非効率な行動(いわゆる「雑魚狩り」的な低成果行動)の回避について述べる。さらに第7章で若さ・健康といった初期保有資産の重要性、第8章でスキルと経験値の相違を明確化した上で、第9章にて経験値を真に資産化(価値化)するための行動設計を提言する。最後に第10章で経験値資本主義とも呼ぶべき未来の社会像を展望し、本稿の結論とする。
第1章|経験値とは何か:行動経済学的定義
経験値の定義
「経験値」とは本来ロールプレイングゲームなどで使用される用語で、キャラクターが活動を通じて獲得するポイントを指す。現実の文脈では、個人が自らの行動や体験を通じて獲得した知識・技能・洞察の総量と捉えることができる。より厳密には、「能動的・受動的を問わず自身の身体や精神を躍動させる体験」と、その体験に対する直感的評価(感情)が統合された記憶であるとも定義される。すなわち経験値には客観的事実の記憶だけでなく、そのとき抱いた喜び・驚き・痛み・後悔といった感情が紐付いており、そうした体験と感情の複合データが脳内に蓄積されたものといえる。この定義からは、経験値が単なる知識量ではなく、身体性や情動も含めた学習の痕跡であることが読み取れる。
行動経済学の観点からは、人間は得た経験を主観的に評価し意思決定に反映するため、必ずしも客観的な合理性と一致しないことが知られている。カーネマンとトヴェルスキーのプロスペクト理論によれば、人間は「損失(悪い経験)に対して過剰に価値を見出し、利益(良い経験)を過小評価する」傾向、いわゆる損失回避バイアスを持つ。例えば投資で利益が出ている状況より、同額の損失を被る状況の方が強い心理的インパクトを与える。言い換えれば、ネガティブな経験は等量のポジティブな経験以上に心に残りやすい。このように、人は経験から得た感情的な重み付けに基づいて非合理な選択をすることがあり 、それも含めて経験値と捉えることができる。実際、経験には「思い出補正」が生じることが報告されており、ある体験を後で振り返ったとき、ピーク時の感情と終わり際の感情によって全体の評価が決まる(ピーク・エンドの法則)という心理現象も確認されている。このような行動経済学の知見は、経験値が単なる出来事の蓄積ではなく、その主観的評価まで含めたものであることを示唆している。
経験価値の構成要素と認知的側面
経験値には質的・量的な側面がある。量的側面とは、ある分野で積んだ経験の長さや回数であり、例えば勤務年数やプロジェクト参画数といった形で測定される。一方、質的側面とは、各経験から得た学びの深さや多様性である。行動経済学的には、人間は経験から学ぶ際にヒューリスティックス(経験則)を形成する。これは必ずしも論理的・体系的とは限らないが、素早い意思決定に資する簡便なルールである。例えば「過去にこのような交渉は失敗したから今回は慎重に進めよう」「あの時思い切って挑戦して成功したから今回もリスクを取ろう」といった具合に、経験に基づく判断バイアスが形成される。経験値のポジティブな側面は、こうした経験則が熟練や勘として働き、より優れた意思決定や技能発揮を可能にする点にある。一方でネガティブな側面は、過去の経験則に囚われることで現実と主観評価の乖離(たとえば確率を誤認する等)が起こりうる点である。
以上をまとめると、本稿でいう「経験値」とは個人が行動・体験を通じて得た知識・技能およびそれに付随する感情評価の総体であり、それは意思決定や行動パターンに影響を及ぼす内面的な資産である。経験値は単に数値化できるスキル一覧や知識量ではなく、身体で覚えた感覚や失敗から得た教訓などを含む包括的な概念であることを念頭に置く必要がある。
第2章|資産価値=経験値 × 費やした時間
時間投資としての経験
金融資産の運用において元本と利子率が最終リターンを決めるように、人的資産においては「費やした時間」と「その時間あたりに得られる経験値」が資産価値を決定すると考えられる。本章冒頭の数式「資産価値=経験値×費やした時間」は、一種の比喩的表現ではあるが、キャリア形成を経済行動として捉える上で示唆に富む。すなわち一単位時間あたりに獲得できる経験値(経験の濃度)と、それに投下した時間の総量の積が、その人の人的資本の総量を規定するという考え方である。
まず「費やした時間」という観点では、経験は時間の投資によって得られる成果物だと言える。例えば、ある人が一年間フルタイムで働けば、その間に得た知識・スキル・人脈といった形で「経験資産」が手元に残る。ここで重要なのは、時間という資源は誰にでも平等に一日24時間与えられているが、その使い方によって得られる経験資産の量・質が大きく異なる点である。企業経営において資本投下に対するリターンが重要視されるように、キャリアにおいても「時間あたりの経験値」をいかに最大化するかが肝要である。
この式の含意するところは、資産価値(人的資本の価値)を高めるには①時間を多く投下すること、そして②投下時間あたりの経験値効率を上げることの両面が必要だということである。①について言えば、例えばある専門分野で10年間従事した人は1年間の人よりも一般に多くの経験値を蓄積している。実証的にも、学歴や職業経験年数が長いほど平均賃金が高くなることが様々な国のデータで示されている。ベッカーの人的資本論では教育年数や訓練期間が賃金に正の影響を与えることが示され 、ミンザーの賃金方程式でも勤続年数(労働経験年数)に比例して賃金が上昇することが盛り込まれている。しかしながら、単に長く働けば自動的に人的資本価値が上がり続けるわけではない点に注意が必要である。これは②の「経験値効率」の問題であり、後述するように一定の経験を積むと成長速度が頭打ちになる現象がある。したがって本章の式「資産価値=経験値×時間」は、経験値を「時間に対する収穫」と捉えることで、時間配分と経験効率の最適化という課題を浮き彫りにするものである。
経験の複利効果と時間要因
時間を投下して経験値を得るプロセスには、金融資本の運用と類似した複利的な効果が存在する。すなわち、ある程度経験が蓄積されスキルが上がるほど、同じ時間で得られる新たな経験値も増えていく傾向が見られる。これは経営学でいう経験曲線効果として知られる現象で、「やればやるほど効率は上がる」と表現される。ボストンコンサルティンググループ(BCG)が1960年代に提唱した経験曲線によれば、累積生産量(経験)が増えるほど製品あたりのコストが下がる(効率が上がる)ことが示された。個人の学習においても、最初は時間がかかっていた作業が経験とともに習熟され短時間でこなせるようになることは日常的に観察される。例えばプログラミング初心者は1つの機能実装に数日かかっていたものが、経験を積んだエンジニアは類似の機能を数時間で作れるようになるという具合である。経験値の蓄積により学習効率が指数関数的に向上するこの効果は、複利で資本が増えるのに喩えられる。Wilsonらの研究【2019】は、人や動物の学習において難易度が最適に調整された訓練を行うと学習速度が指数関数的に向上することを示しており 、適切な方法で経験を重ねれば時間投入に対する経験値のリターンが飛躍的に高まる可能性を示唆している。
もっとも逆に言えば、学習初期に十分な時間を投下しないと複利効果が得られず、経験値資産が大きく育たないことにも注意が必要である。人的資本理論のベン・ポラスモデルでは、労働者は若年期に人的資本投資(教育・訓練)を集中させ、その後は蓄積した人的資本を活用して収益を得る生涯パターンが想定されている。若いほど投資の回収期間が長いため、人は人生早期に教育などに時間を費やすインセンティブが高く、年を取るにつれて新たな学習への投資意欲が低下する。これは「時間」という有限資源の観点から合理的であり、残り労働年数の短い高齢期には大きな時間投資をしても回収できる期間が少ないためである。したがって時間の有限性が人的資本形成に制約を与える点を念頭に置く必要がある。人生という限られた時間をどのように配分し、どのタイミングで集中的に経験値を稼ぐかという戦略は、複利効果を最大化する上で重要である。
以上より、本章の式は単なる概念式ではあるものの、「時間」と「経験値効率」の両面から人的資本を考える枠組みを提供する。後続の章では、この式の各要素に影響を与える要因、すなわち職業や市場による制約(第3章)、個人の能力差や成長曲線(第4章)、リスク選好と学習戦略(第5章・第6章)について詳細に検討する。
第3章|職業と市場による資産価値の上限
職種・業界ごとの経験値収益曲線
経験値が資産価値に転化する程度は、職業や属する市場によって大きな差がある。例えば、医師や弁護士など高度専門職では長年の経験が収入や市場価値に直結しやすい一方、単純労働職種ではある程度経験を積んでも賃金が大きく伸びないケースが多い。また、急成長するIT業界では新しい経験やスキルが高く評価される反面、成熟産業では経験年数を重ねても賃金カーブが早く頭打ちになることがある。これは市場が求めるスキルセットとその供給状況によって、経験の価値に上限が生じるためである。
典型的なのが賃金カーブの産業差である。一般に日本の年功的賃金カーブを見ると、20代から40代半ばまで賃金は上昇するが、その後は緩やかになるか頭打ちになる。多くの企業で40代以降はポストの競争が激しくなり、全員が昇給を続ける訳ではなくなるからだ。つまり、各職業には市場が評価する経験値の限界点が存在する。例えば教師や看護師などでは一定の経験年数に達すると上級職への昇進機会が限られ、それ以上は大幅な収入増が望めない場合がある。一方、経営コンサルタントや研究職のように経験を積むほど市場価値が上がり続ける(少なくとも長期間は上がり続けやすい)職種も存在する。これらの違いは、職務の性質(熟練による生産性向上の余地)や需要供給バランス(高度熟練者の希少性)によって説明できる。
市場による資産価値の上限は、人的資本の収益率が逓減する点と捉えることもできる。経済学で言う収穫逓減の法則になぞらえれば、ある職種では経験初期の数年間は賃金(人的資本の収益)が急上昇するが、中盤以降は伸び率が鈍化し、やがてほぼ横ばいになる。例えば典型的な企業の昇給システムでは入社後10年前後で基本給の伸びは鈍り、20年目以降では役職に就かない限り大きな昇給はない。一方、プロフェッショナル職では資格取得や高度専門スキルの習得によって中堅以降も収入が伸びる場合がある。しかしそれも市場全体の需給に規定され、例えば医師でも一定数以上に増えれば収入が頭打ちになるし、ITエンジニアでも特定言語に精通した人材が市場に飽和すればその経験のプレミアは下がる。つまり、経験値の市場価値にも環境要因による上限があるのである。
組織内キャリアと昇進の壁
もう一つの上限要因は組織内キャリアパスの限界である。多くの人は組織内で昇進・昇給することで人的資産の市場価値を高めようとする。しかし組織のポストはピラミッド構造で限りがあるため、どれほど経験を積んでも全員が管理職になれるわけではない。日本型雇用においては年功序列で昇進が約束された時代もあったが、近年は実力主義・役割給へシフトしており、一定年次以上でも成果を出さなければポストに就けないケースが増えている。その結果、ある地点で「昇進の壁」に突き当たり、以降はいくら経験を積んでも処遇が上がらない状況も起こり得る。
この「昇進の壁」は個人の経験資産を組織内で活かし切れない事態を招く。例えば専門スキルを極めたベテランが管理職ポストから漏れて平社員のままだと、その人の豊富な経験も待遇には反映されにくい。同時に組織としてもその経験を十分に活用できない可能性がある。こうした場合、本人が社外市場に出て転職することで初めて経験値に見合う報酬を得られることもある。実際、近年は40代以上のミドル人材が転職市場で再評価されるケースも出てきており、自社で報われなかった経験が他社で活きるという現象も起きている。つまり一つの組織内には経験値の価値発揮に構造的上限があり、必要に応じて市場を変えることでその上限を打破できる場合がある。
総じて、本章では経験値の資産価値には職業選択や属する組織・市場による「天井」が存在しうることを指摘した。したがってキャリア戦略としては、自らの志向する分野においてどの程度まで経験値が価値に転化し得るかを見極め、必要に応じて分野転換や独立も検討することが重要となる。次章では、こうした外的要因ではなく個人内要因による上限、すなわち能力・成長スピードの個体差と「レベルカンスト」の問題について考察する。
第4章|個体差と「カンスト」の壁
習熟の限界線と成長の頭打ち
ゲームにおける「レベルカンスト(上限到達)」は、現実のスキル習得にも比喩的に当てはまる。人はある程度その分野で経験を積むと、それ以上はなかなか上達しなくなる段階にぶつかることが多い。心理学者アンダース・エリクソンはこれを「習熟の限界線」と呼び、ただ漫然と同じことを繰り返しても上達はある段階で止まってしまうと指摘した。例えば趣味でテニスを楽しむ人は、基本を一通り覚えるとそれ以上劇的には上手くならず現状に満足してしまう傾向がある。この状態では「一通りのことはできるが、それ以上の向上は難しく、本人も努力を継続する意欲を失っている」という。多くの人は必要十分なスキルを得た時点で成長を止めてしまいがちだという観察である。この現象はゲームで経験値が一定値に達するとレベルアップしなくなる状況になぞらえて、「レベルがカンストした」と表現できる。
習熟の限界線が生じる原因には生理・認知的要因と心理的要因の双方があると考えられる。生理・認知的要因としては、人間の脳や身体には学習速度や反応速度の物理的上限があることが挙げられる。脳科学の研究によれば、長期間にわたる訓練により脳が習得した技能を固定化すると、技能の上達が頭打ちになることが知られている。熟練ピアニストを対象にした研究では、反復練習の結果脳内で運動パターンが最適化される一方、新たな上達が阻害される「技能の天井効果」が確認された。これは脳が一定のやり方を「完成形」として強固に回路化してしまうため、更なる改善余地を自ら狭めてしまう現象と考えられる。また身体能力の観点でも、筋力や持久力には遺伝的・年齢的な上限があり、練習すれば無限に伸び続けるわけではない。
心理的要因としては、人がある程度上達すると現状のパフォーマンスに満足し、それ以上の向上を目指す強い動機を失うことが大きい。先述のエリクソンの研究では、多くの人は必要なレベルに達すると練習を惰性的にしか行わなくなり、新たな挑戦や意図的な修正を行わなくなるため成長が停滞すると指摘されている。例えば日常的に車を運転する人は、基本的な操作に慣れた後はそれ以上技術を磨こうとせず、長年運転していても技能水準は初期から大差ないということが起こりうる。これは「十分できる」と思った瞬間に成長が止まることを意味する。
個体差:才能と学習効率の違い
さらに踏み込んで言えば、人にはそもそもの学習能力や才能の違いがあり、それが経験値蓄積の上限や速度に影響を与える可能性がある。俗に「10,000時間努力すれば誰でも一流になれる」と言われることがあるが、エリクソン自身はそのような単純なものではないと述べている。実際には同じ練習時間を費やしても、人によって上達度合いに差が出ることは様々な分野で観察される。これは遺伝的な要因(身体能力・知能・感性など)の差異や、幼少期からの非公式な経験の差などが影響していると考えられる。例えば音楽の世界では、幼児期から音感を養った人と成人してから始めた人とでは、同じ練習量でも到達点が異なる場合が多い。また、言語習得などでは敏捷にパターン認識できる人ほど短時間で上達するといった認知特性の差も報告されている。
ただし近年の研究では、才能よりも効果的な練習法(Deliberate Practice)の方が習熟度に与える影響が大きいとの知見も示されている。エリクソンによれば、真の一流になるには「漫然と繰り返すのではなく、明確な目標を立て、フィードバックを受けながら継続的に練習すること」が必要であり、そうでなければそれは単なる惰性か気晴らしに過ぎないと指摘する。このように個体差の要因を才能に求める見解と、練習方法の質に求める見解があるが、実際には双方が複合的に影響しているだろう。重要なのは、自分自身の上達が頭打ちになっていないかを常に検証し、必要ならば練習方法を変えるなどの工夫をすることである。
レベルのカンスト(最大値)は絶対的なものではなく、創意工夫次第で押し上げることが可能なケースも多い。例えば一度習慣化してしまった仕事のやり方を敢えて変えてみる、新たな資格取得に挑戦してみる、異業種交流や副業で別の視点を得るなど、自らに新たな刺激を与えることで成長曲線を再び立ち上げることができるかもしれない。第7章では若さと健康という先天的・初期的な資産に触れるが、それらも個々人の成長ポテンシャルに影響を与える個体差要因である。要するに、各人が自分なりの「カンストの壁」を認識しつつ、停滞を打破する戦略を持つことが重要であり、それがキャリアの長期的発展には欠かせない。
第5章|経験値の効率を上げるリスクマネジメント
最適難易度の原則:挑戦と失敗のバランス
限られた時間で最大の経験値を得るには、どの程度の困難さに挑戦するか(リスクテイク)が重要な要素となる。易しすぎる課題ばかりでは新たな学びは乏しく、逆に難しすぎる課題に手を出すと挫折してしまい効率が悪い。行動科学や教育心理学では、「適度に困難な課題」が最も学習効率を高めることが知られている。いわゆるゴールディロックスの原理(丁度良い難易度)であり、挑戦が簡単すぎれば退屈で成長せず、難しすぎれば圧倒されて学習が進まない。最適な挑戦水準とは現在の自分のスキルよりやや高いレベルの課題に挑むことであり、それによって集中と努力が引き出され「フロー状態」に入ることができる。
最新の研究では、この最適難易度における成功・失敗の比率も定量的に示されている。例えばWilsonら(2019)の報告によれば、学習アルゴリズムや動物実験において約85%の確率で成功し15%失敗する難易度が最も学習効果を高めるとされる。逆に成功率が100%近い(失敗がほとんどない)状況では学習スピードが遅く、失敗率が高すぎると学習自体が成立しにくい。これは、人間の学習においても「全体の15%程度は失敗するくらいの課題設定」が望ましいという85%ルールとして提案されている。要するに、常に失敗しない安全圏(=ぬるい環境)に留まるべきではなく、一定の失敗が生じる挑戦をすることで経験値獲得が最大化されるということである。
したがって、キャリア形成においても自らの仕事や目標の難易度を意図的にコントロールすることが重要となる。具体的には、「少し背伸びすれば達成できそうだが、放っておけば失敗する可能性もある」という案件や目標を適宜引き受けることだ。例えば業務で新しい役割に挑戦したり、高めの目標を設定したりすることは、失敗リスクというコストを払ってでも経験値を稼ぐ投資行動とみなせる。一方で、常に未知の分野に飛び込み続けると大きな失敗(挫折)によってモチベーションや信用を損ねる恐れもある。リスクマネジメントとは、そうした失敗のコストと経験値獲得のリターンを天秤にかけ、最適な挑戦水準を選ぶことである。
小さく失敗し柔軟性を保つリアルオプション戦略
リスクを取りつつ経験値効率を上げるための具体的手法として、リアル・オプション戦略が有効である。リアル・オプションとは、将来の選択肢を確保するための小規模投資のことであり、ビジネス戦略では「大きな賭けをする前に小さく試し、うまくいけば拡大・失敗すれば撤退する」アプローチを指す。個人のキャリアにおいても、例えば副業で新分野に挑戦してみる、プライベートで勉強を始めてみるといったスモールスタートは、失敗しても致命傷とならずむしろ教訓を得る機会となる。前章で触れた通り失敗はそれ自体が資産(知見)になり、次の意思決定の選択肢を増やす。つまり、「小さな失敗」をたくさん経験しておくことは、将来の大きな成功のための柔軟性(オプション価値)を高めるのである。
このような考え方に立つと、リスクマネジメントとは単に失敗を避けることではなく、失敗しても許容できる範囲でチャレンジを設計することと言える。重要なのは、部分的にリバーシブル(可逆的)な挑戦を選ぶことである。例えば現職を続けながら副業やプロボノで他業種のプロジェクトに参加すれば、万一うまくいかなくても本業への影響は限定的だが、新たなスキルや人脈が得られる可能性がある。また社内でも、小規模チームで新企画を試すなど、失敗しても組織全体に波及しない範囲で試行すれば上司の許可も得やすい。そうした「安全網付きの挑戦」によって、85%ルールで言うところの適度な失敗を経験しつつ、大きな痛手は被らない状態を維持できる。
さらに、リスクを取る際には事前の計画とフィードバック体制を整えることも経験値効率を高める。行動経済学のナッジ理論になぞらえれば、自分にとって適切な挑戦を促す環境設定(例えば締切や支援者の設定)をすることで、ダラダラ安全圏に留まることを防げるだろう。要は、「少し不安だがやってみよう」という状態を自ら演出し、その過程でフィードバックを得ながら進むことである。これが結果的に最短での経験値獲得と成長に繋がるリスクマネジメントであり、現代のように変化の激しいキャリア環境では必須の姿勢と言える。
第6章|「雑魚狩り」に時間を浪費するな
コンフォートゾーンの罠:易しすぎる課題の弊害
RPGゲームで弱いザコ敵ばかり倒していても経験値はほとんど増えないように、現実のキャリアでも楽な仕事・簡単な課題ばかりこなしていては大きな成長は望めない。日々の業務の中で「慣れきった作業」や「既に十分できるタスク」ばかりに時間を費やす状況は、いわばコンフォートゾーン(快適圏)に留まっている状態である。この状態では本人にとって負荷がなくストレスも少ない一方で、新たに学ぶこともほとんどないため経験値の蓄積効率は極めて低い。心理的にも心地よいため抜け出しにくい罠であり、これを「雑魚狩り」と揶揄して自戒するビジネスパーソンもいる。
コンフォートゾーンに安住していると、成長機会を自ら放棄していることになる。人間は変化や負荷を避けたがる傾向があり、得意なこと・慣れたことに時間を割きがちだ。しかし前章までで述べたように、経験値資産を増やすには適度な挑戦と失敗が必要である。単調なルーチンワークを漫然と繰り返すだけでは、経験はただ時間とともに流れ去り「過去の出来事」の山となるだけだ。経験はただ積み重ねるだけでは資産化せず、積み重ねた経験から何を学ぶかが重要である。単に業務年数だけ重ねても、自ら振り返りや改善を行わなければ知恵には変わらない。これはちょうど、弱い敵を何百体倒してもレベルが上がらないゲームでいくら時間を浪費しても強くなれないことに似ている。
したがって、「雑魚狩り」に明け暮れていないか自己点検する習慣が必要である。一日の終わりに「今日の仕事で新しく学んだことは何か?驚きや発見はあったか?」と自問し、もし答えが何も出てこないようなら要注意である。その場合、翌日は意識的にいつもと違うやり方を試す、新しいタスクに手を挙げる、他部署の人にフィードバックを求める等、何らかの変化を加えてみることが望ましい。前章のリスク管理とも関連するが、小さな実験を怠らないことが成長の停滞を防ぐ鍵である。逆に言えば、常に100%うまくいく安全運転の一日を過ごしたなら、それは成長機会を逸した日だと考えるくらいの意識改革が必要だ。
「経験値稼ぎ」の効率性を考える
時間は有限であり、その配分によって得られる経験値の総量も変わる。よく引き合いに出されるパレートの法則(80対20則)に照らせば、自分の成長の80%は全体の20%の挑戦的業務から生まれている可能性がある。残り80%のルーチン業務は成長に寄与する度合いが低いとすれば、そこに過剰な時間を費やすのは非効率である。実務上すべての時間を挑戦に充てることは不可能だが、意図的に時間の一部を「成長のための活動」に割り当てることはできる。例えば業務時間の中で新しいスキル習得や難度の高いプロジェクトに充てる割合を決めておく、定期的に業務改善のアイデアを試す、といったことである。
また、経験値の質にも注意すべきだ。雑魚狩り的な仕事から得られる経験値は「惰性的な反復経験」であり、脳にとっては新奇性が低いため定着しにくい。これに対し困難な課題に取り組むと強い印象や感情を伴うため記憶に残りやすく、同じ時間でも記憶に定着する学びの量が多い。例えば初めて担当したプロジェクトでは毎日が試行錯誤であり数々の教訓を得るが、10回目の類似プロジェクトではほとんど新しい発見がない、といった違いである。したがって、自分の業務内容がマンネリ化していると感じたら、できる範囲でジョブローテーションを提案したり、新たな資格取得や副業など外部での挑戦を取り入れたりするのも有効だ。社内に限らず社外活動や趣味のプロジェクトであっても、それが新鮮な学びをもたらすなら経験値となり得る。
まとめると、「雑魚狩りに時間を浪費するな」とは裏を返せば「限られた時間を高経験価値の活動に集中せよ」ということである。日々の行動を振り返り、自分にとって安易すぎる行動ばかり選択していないかをチェックすることが肝要だ。 教育心理学の理論が示す通り、快適なだけの領域に留まっていては学習も成長もない。キャリアの序盤から中盤にかけては特に、多少のリスクや不快感を伴ってでも高経験値が得られる行動を選ぶ意識を持つことが、長期的な人的資本形成につながるのである。
第7章|若さ・健康という初期資産
若さがもたらすアドバンテージ
人生のスタート時点で誰もが保有している最大の資産は「時間」である。若さとは換言すれば「将来に使える時間の長さ」であり、人は若いほど長期間にわたり経験値を蓄積できる可能性を持つ。第2章で触れたように、若年期に人的資本投資を集中させることはリターンの観点で合理的である。例えば大学進学職業訓練への時間投資は、若いほどその後の長いキャリアで回収できるため価値が高い。ベッカーの人的資本理論でも、教育・訓練への投資は「将来の収益を高めるための現在の犠牲」と位置付けられているが 、若者はこの「現在の犠牲」を払うための時間的・体力的余裕が大きいと言える。
さらに若さは脳の可塑性という面でも有利である。一般に流動的知能(新しい問題を解く能力)は20代前半でピークに達しその後徐々に低下すると報告されている。語学習得なども若いほど容易で、年齢が上がるにつれて習得に時間がかかる傾向がある。これらは生物学的な要因だが、若い時期は新しい経験を吸収するスピードが速いため、同じ1年でも得られる経験値の質・量が高い可能性がある。ただし、一方で若さゆえに知識や人脈など初期資産が不足しているため、最初のうちは効率が悪いことも多い。ここで重要なのは、若さという資産を浪費せず有効活用することである。20代は失敗しても挽回が利く期間であり、多少のリスクを取った挑戦も許容されやすい。第5章で述べたリスクマネジメントを若いうちから実践し、「若さ」という初期資本を積極的に人的資本へ転換することが肝要だ。
健康という土台資産
「健康は富に勝る」という古い格言があるように、健康もまた極めて重要な資産である。健康経済学のグロスマンモデルでは、健康は耐久財としての資本ストックであり、健康水準が高いほど労働や余暇に使える「健康時間」が増えるとされる。つまり健康な人は病気や疲労で失う時間が少なく、その分多くの経験を積む機会に恵まれる。若さと健康はしばしば両輪の初期資産と言え、若く健康であるということ自体が高い潜在成長力を意味する。
逆に健康を損なうことは人的資本の毀損につながる。長期的なキャリア形成において過労や生活習慣病で健康を害すると、働けない期間が発生し経験蓄積が中断するだけでなく、知的生産性も低下する。現代ではメンタルヘルスも含めた健康管理が重要視されており、自己投資としての健康維持が人的資本維持に直結すると考えられている。実際、企業によっては従業員の健康増進(ウェルネス)プログラムに投資するところも増えており、それは健康が労働生産性=経験創出力を高めるという認識が共有されつつあるからである。
健康はまた、リスクテイクの余地にも影響を与える資産だ。若くて健康な人ほど、失敗しても再挑戦できる体力・気力があるため思い切った挑戦が可能である。例えば起業して失敗したとしても、健康であれば再起までの努力に耐えうるし、心身のリカバリーも早い。これは健康という「HP(ヒットポイント)」が高ければ多少のダメージ(失敗)にも倒れないというゲーム的比喩でも理解できる。したがって、キャリア序盤で多少無理が利くのは若さと健康の賜物であり、この恵まれた初期ステータスを活かして多くの経験イベントに挑むことが望ましい。
結局のところ、若さ・健康という初期資産は時とともに必ず減耗していく運命にある。時間経過は誰にも止められないが、その間に何を成し遂げ経験値に変えるかは本人次第である。健康の維持増進についてはある程度自己管理やトレーニングでコントロール可能であり、睡眠・運動・栄養といった基礎的習慣への投資は長期的に大きなリターン(経験蓄積効率の維持向上)をもたらす。総じて、若さと健康を単なる与件と捉えるのではなく、戦略的に活用すべき資本として意識することが重要である。
第8章|スキルと経験値の違い
明示的スキルと暗黙知としての経験
ここまで「経験値」という言葉を用いてきたが、これをより分解すると「スキル」(技能)と「経験知」に分けて考えることができる。一般にスキルとは特定のタスクを遂行する能力であり、トレーニングや練習によって比較的明示的に習得できる。例えばプログラミングスキルや語学力、機械操作能力などは試験やデモを通じて客観的に測定・証明しやすい。一方で経験知(ナレッジとも言える)は、そうした個別スキルの背後にある知恵や勘、問題解決のコツなど暗黙知の部分を含む。経験知は一朝一夕には形成されず、長年の試行錯誤や成功失敗の蓄積から得られる総合的な知見である。従って経験値はスキルより広い概念であり、スキルの習得も含めつつ、それをどう使いこなすかという文脈的判断力まで包含している。
日本のキャリア論では、よく「経験資産」と「技術資産」という区別が語られる。厚生労働省の定義などによれば、「経験資産」とは仕事の中で蓄積してきた経験そのものを指し、「技術資産」とは仕事の中で身につけたできること(スキル)を指す。つまり、例えば「プロジェクトマネジメントを5回経験した」というのが経験資産であり、「プロジェクトマネジメントのスキルを有する」というのが技術資産と言える。この両者は密接に関連するが、必ずしもイコールではない。ある人が豊富な経験(回数)を持っていても、必ずしもそのプロセスで高度なスキルを身につけているとは限らない。一方で、限られた経験回数でも優れた才能や効率的な学習により高いスキルを有する人もいる。
スキルが主に「知っていること・できること(Knowledge & Know-how)」の側面だとすれば、経験値(経験知)は「それらをどう活用し、状況に適応できるか(Know-why & Know-when)」の側面を持つ。マイケル・ポランニーが唱えた暗黙知の概念では、「人は説明できる以上のことを知っている(We know more than we can tell)」とされる。長年の経験を積んだ職人が勘どころを掴んでいるように、豊富な経験知は言語化しにくい直観的判断力として現れる。これが単なるスキルと異なる点である。一方でスキルはマニュアル化・形式知化しやすく、研修などで他者に伝達可能な場合が多い。経験知は伝達が難しいため希少価値があり、競争優位につながるとされる。RBV(資源ベース論)においても、模倣困難な組織のノウハウや個人の経験こそが持続的競争優位の源泉だとされる。
キャリア形成における両者の役割
キャリアアップの場面では、スキルと経験はしばしば採用・昇進要件として区別される。求人票には「○○のスキル必須、△△の経験○年以上」といった記載があるが、企業は即戦力が欲しい場合に具体的スキルを重視し、将来性を見る場合には経験の幅や深さを重視する傾向がある。若手ではスキルセット(例えばプログラミング言語○○習得など)が評価されやすいが、管理職クラスでは「大規模組織をマネジメントした経験」など包括的な経験知が重視される傾向がある。このようにキャリアのステージによってもスキルと経験の相対的な重要性は変化する。
人的資本投資の観点では、スキル習得は比較的短期投資で成果が出る(資格取得や研修受講など)のに対し、経験値の蓄積は長期的・累積的な投資である。どちらもバランスよく行うことが理想的だが、往々にして時間やリソースは限られるためトレードオフが生じる。例えばある若手が専門スキル習得に専念して資格を取ることと、幅広く様々な仕事に挑戦して経験を積むことは、同時には難しい場合がある。ここで重要なのは、キャリア初期には基礎スキルの習得を重視しつつ、同時に多様な経験を積む機会も逃さないことである。スキルはそれ自体が経験を効率化するツールとなり、経験はスキルを文脈の中で発揮する力を鍛える。この両輪が揃って初めて高度な専門家やリーダーが生まれる。
また、経験からスキルへの昇華という視点もある。経験しただけで満足せず、それを内省し体系化することで初めて汎用的なスキルや知識となる場合が多い。第9章で述べるように、経験を資産化するには振り返りと行動へのフィードバックが不可欠だが、それは裏を返せば経験知を形式知(スキル)に変換するプロセスと言える。例えば失敗プロジェクトの経験を反省してチェックリスト化すれば、以降はそれがプロジェクト管理スキルとして機能するだろう。このように、経験値とスキルは相互に変換・強化し合う関係にある。キャリア形成では両者を峻別しすぎず、経験を通じてスキルを磨き、スキルを使ってさらに高度な経験へ挑むというスパイラルアップを意識することが望ましい。
第9章|経験値を資産化するための行動設計
振り返り習慣:経験を「知恵」に変える
単に多くの経験を積むだけでは、それが自動的に資産(人的資本)になるわけではない。重要なのは、その経験から何を学び取り次に活かすかという変換プロセスである。これを促すのが内省(リフレクション)の習慣である。多忙な現代人はとかく「Doing(やること)」に100%の時間を使い、「Thinking(考えること)」をおろそかにしがちだが 、意図的に振り返りの時間を設けることで初めて経験が「学び」に変わる。具体的には、一日の終わりやプロジェクト終了時に「うまくいったこと・驚き」「うまくいかなかったこと・原因」「次に試すこと」を整理するなどの方法が有効だとされる。これにより、漠然とした経験が自分だけのノウハウに昇華され、過去の経験が未来の行動戦略に繋がる。経験学習モデルで有名なコルブも「学習とは、経験が変換され知識が創造されるプロセスである」と述べており 、振り返り(Reflective Observation)と抽象化(Abstract Conceptualization)を経てこそ経験が知識資産になると説いている。
この振り返り習慣を仕組み化した例の一つに「内省ジャーナル」がある。これは日々数分間、自分自身に鋭い質問を投げかけて書き出す手法で、たとえば に示されるような3つの問いを用いる:「今日最も自分を驚かせたことは何か?」「そこから何を学んだか?」「明日試す小さな実験は何か?」。このように問いを立てて内省することで、単なる出来事が自分だけの教訓やノウハウに変わる瞬間が生まれる。さらに、学んだだけで終わらせず次の具体的アクション(小さな実験)に落とし込むことで、経験→教訓→行動というサイクルが回り始める。このサイクルを習慣化すれば、日々が「単に過ぎ去る毎日」から「濃密な学習の連続」へと変わり、経験という原材料を知恵という資産に確実に変換していけると指摘されている。
重要なのは、振り返りが「反省会」ではなく「作戦会議」である点だ。単に失敗を責めたり後悔したりするのではなく、経験を客観視し未来の行動改善に繋げる建設的プロセスである。したがって内省の際には、ネガティブな出来事も「次はどう活かすか」という視点で捉えることが重要だ。第5章で述べた失敗の価値も、振り返りによって初めて引き出される。経験しただけで満足せず、必ず言語化・内省し教訓化するクセをつけることが、経験値資産を雪だるま式に増やす秘訣と言える。
出力と共有:経験値の倍増戦略
経験から学んだ知見やスキルは、自分の中に留めるだけでなく積極的にアウトプット(他者に共有)することでさらに価値を高めることができる。アウトプットの第一の効果は、自らの知識が定着・深化することである。誰かに説明したり文章化したりする過程で、自分の経験を体系立てて整理し直すことになり、結果として理解が深まる。これは「教えることは学ぶこと」とも言われ、教育心理学でも他者への説明行為が学習者自身の理解を促進する効果が確認されている。また、アウトプットには社会的資本(ネットワーク)の構築という副産物もある。例えば自身の失敗談や成功ノウハウをブログや社内報で発信すれば、それに共感・反応する人とのつながりが生まれる。こうしたネットワーク外部性によって知見が共有される範囲が広がれば、その知識の価値は人が増えるほど高まる。自分一人の経験だったものが、他者の役にも立つ「共有資産」となり得るのである。
さらにアウトプットされた知識は再利用・再組み合わせが可能になり、組織や社会のダイナミック・ケイパビリティを高める。ティースらが提唱した動的能力論では、環境変化に応じて資源を組み替える能力が競争力の源泉とされるが 、個人が得た失敗知見や成功パターンを外化し共有することで、他のプロジェクトや事業分野で応用される可能性が生まれる。これは個人にとっても新たな挑戦機会を得ることにつながり、経験値の適用範囲(汎用性)が広がるメリットがある。例えば、あるエンジニアが開発プロセス改善の経験を社内共有したところ、それが評価され経営管理部門のプロジェクトにも招かれるようになる、といった具合である。こうしてアウトプットは自身の経験値資産を他者資源と結合させ、新たな価値創出を促す触媒となる。
もっとも、アウトプットには多少の勇気と労力がいる。自分の失敗談を晒すのは抵抗があるかもしれないが、実は他人にとっては喉から手が出るほど欲しい「貴重な教材」である場合が多い。失敗を隠さず共有することは資産価値を何倍にも高める行為であり 、その情報を得た他者は同じ過ちを避けられるため社会全体としての効率も上がる。こうした協調的な観点も踏まえ、積極的に自身の経験を発信・共有するマインドを持ちたい。今日ではブログ、SNS、社内ナレッジ共有ツールなどアウトプットの場は数多く存在する。最初は小さなことでもよいので、経験したこと・学んだことを書き留め誰かと共有することを習慣にすれば、それが巡り巡って新たなフィードバックを呼び込み、さらに自身の経験値を豊かにしてくれるだろう。
行動設計:経験値を増やす環境と計画
経験値資産を最大化するには、個人レベルの努力のみならず環境と計画づくりも重要である。まず環境面では、前章で触れたコンフォートゾーンから自動的に一歩踏み出せるような仕組みづくりが有効だ。 で述べられているように、学習には心理的安全性と適度な挑戦が両方必要であり、それを担保する環境を整えるべきだとされる。例えば以下のような環境設計が考えられる。
- メンターやコーチとの定期対話: 自身の経験を振り返り目標設定する場を他者との対話によって持つ。第三者の視点からフィードバックをもらうことで独りよがりを防ぎ、新たな課題にも挑戦しやすくなる。
- 目標と評価指標の設定: 経験から何を得たいか明確な目標を立て、達成度合いを測る指標を決める。例えば「半年以内に◯◯のプロジェクトリーダーを経験する」「◯◯の資格試験に合格する」等。定量化できる指標があれば、自らに適度なプレッシャーをかけ挑戦を促すナッジとなる。
- チャレンジの宣言とコミットメント: 同僚や上司に自分の成長目標を宣言してしまうのも一法である。他者に公言することで後に引けなくなり、結果として難しい課題にも取り組むモチベーションが維持できる。
- リソース確保: 新しい経験を積むには時間・お金・労力のリソースが必要だ。業務時間の◯割を自己研鑽に充てるといった自己ルールを設けたり、必要なら有給休暇や外部セミナーへの投資を計画したりする。
次に計画面では、キャリア全体を見通した経験設計が重要になる。闇雲に目の前の経験値だけを追い求めるのではなく、自身の将来像から逆算して「いつ何を経験しておくべきか」のロードマップを描くことが望ましい。キャリアデザインの考え方では、将来なりたい姿やありたい自分を実現するために、長期的な職務経験の連鎖を計画することが推奨されている。例えば将来経営者になりたいなら30代までに複数部署を経験し、40代で経営企画に携わる、といった大枠の計画を立てる。そして計画は状況の変化に合わせて定期的にアップデートすることも必要だ。現代のVUCA時代では環境変化が激しく、5年前の計画が陳腐化していることもあるため 、年に一度くらいはキャリアプランを見直し軌道修正するとよい。
最後に、実行と計画のバランスについて留意したい。いくら精緻な計画を立てても実行しなければ経験値は得られないし、実行ばかりで計画性がないと経験に偏りや漏れが生じうる。理想は、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)をキャリアにも適用し、計画→実行→振り返り→改善というループを回し続けることである。このループを意識的に回すことで、経験値の取得効率と方向性を常に最適化できる。すなわち行動設計とは静的な一度きりのものではなく、動的に進化するプロセスだと言える。
以上のように、経験値を資産化するためには内省習慣による学習化(経験→知恵)と、アウトプット・共有による価値増幅、そして挑戦環境と計画的キャリアデザインという複合的なアプローチが必要である。これらを実践することで、単なる経験の羅列が真の人的資本へと昇華し、自身の市場価値・資産価値を飛躍的に高めることが可能となる。
第10章|経験値資本主義の未来
経験値資本主義とは何か
本稿が提唱する「経験値資本主義」とは、一言で言えば経験(人的資本)が主要な価値源泉となる社会経済システムである。産業資本主義の時代には土地・労働・資本といった有形資源が富の源泉であったが、知識経済が成熟した現代では知的財産や人的資本など無形資産が富の創出を主導している。実際、2020年代に入り主要企業の時価総額の大半が特許やブランド、データ、人材の技能といった無形資産に由来することが確認されている。この流れを突き詰めれば、各個人が持つ経験知・創造性・適応力こそが経済成長と価値創造の鍵となる「経験値資本主義」の到来が見えてくる。
経験値資本主義においては、企業も個人も絶えず学び・変化し続けることが求められる。テクノロジーの進歩によって多くの仕事が自動化・代替される中、人間に残されるのは創造性・問題解決・対人スキルといった経験知を要する領域である。世界経済フォーラムの『未来の仕事』レポート2025によれば、2030年までに労働者のコアスキルの約39%が変化する見通しであり、全労働者の半数が2025年までにリスキリング(技能再習得)を必要とすると報告されている。これは裏を返せば、継続的に経験値をアップデートできる人材こそが生き残り勝ち残るということである。もはや学業を終えたら固定的スキルで定年まで勤め上げる時代ではなく、キャリアを通じて何度も学び直し・軌道修正するのが当たり前の時代になる。このような状況下では、人々はそれぞれ自らの経験値をいかに高め維持するかについて、投資家が資本運用するような発想を持たざるを得ない。言い換えれば「自分株式会社」のCEOとして、自らの経験資産ポートフォリオを動的に最適運用する」のが経験値資本主義における個人の姿である。
社会・組織の変革:学習する経済へ
経験値資本主義が進展すると、社会や組織の在り方も大きく変化する。まず、教育のパラダイムシフトが起こるだろう。初等・高等教育で知識を詰め込むよりも、生涯にわたり学び続ける力(ラーニング・アジリティ)が重視される。 で示されたように技能の半減期が5年未満に短縮する中では、特定の専門知識よりも新しい分野に迅速に習熟できる適応力が価値を持つ。これに合わせて企業も「人材育成=研修」の固定観念を捨て、日常業務の中で学習と仕事を融合させる仕組みを整える必要がある。たとえば社内公募制度やジョブローテーションで従業員に多様な経験機会を提供したり、ナレッジ共有プラットフォームを整備して互いの経験から学べる組織文化を醸成したりすることが重要となる。実際、世界経済フォーラムの分析によれば、人材に積極的に再教育投資する企業はそうでない企業に比べ収益成長率が16%高いという。これは経験値への投資が直接的に企業価値・収益に結び付いていることを示しており、企業レベルでも経験値資本主義への対応が競争力の差を生む。
また、労働市場も経験値資本主義に適応して変化する。経歴や学歴よりも実績やポテンシャルに基づいて人材を評価・採用する流れが強まるだろう。既にIT業界などではポートフォリオ(成果物)やGitHubの貢献度など具体的アウトプットで実力を示す文化が定着している。さらに副業の普及やプロジェクト型の働き方が広がれば、個人が複数のコミュニティに属し多彩な経験を並行して積むことも一般的になる。そうしたマルチキャリアは個人の経験値資産を加速度的に増やすと同時に、知識のクロスオーバーから新たなイノベーションを生む土壌ともなる。経験の共有経済とでも言うべき状況が進めば、失敗談やノウハウが匿名含め広くネット上で取引・共有され、お金ではなく経験知を媒介とした経済活動も考えられる。例えば成功確率を高めるデータとしての失敗知見は、それ自体が市場価値を持つ情報商品となりうる。今後はそうした経験知を体系化・提供するサービスや、個人の経験値を可視化してマッチングするようなプラットフォームビジネスも台頭するかもしれない。
経験値の格差と包摂
一方で懸念もある。経験値資本主義では、学習意欲が高く柔軟に経験を積める人と、そうでない人との間で格差が広がる可能性がある。自らリスキリングし続けられる人は高収入の機会を得やすいが、学び直しのリソース(時間・費用)がない人や、学習環境にアクセスできない人は取り残されかねない。これは従来の資本主義における金融資本格差が人的資本面に置き換わった新たな格差問題と言える。したがって社会としては、教育制度の充実はもちろん、社会人のリカレント教育支援や、AIなどの活用によるパーソナライズド学習機会の提供など、誰もが経験値を積み続けられる包摂的な仕組みを整える必要がある。幸い、オンライン学習やオープンナレッジコミュニティの発達によって、従来よりは低コストで多くの人が学習機会を得られるようにはなってきている。今後は企業・政府・個人が協調し、経験値資本の再分配(例:社内研修の外部開放や、プロジェクト型副業の推進など)を進めることが望ましい。
最後に一つ強調すべきことは、経験値資本主義とは人間らしさの復権でもあるという点だ。AIやロボットが台頭する中で、創造性や共感力といった人間固有の資質が相対的に価値を増している。これらは往々にして豊かな人生経験から培われるものであり、単なるデータ処理では生み出せない。言い換えれば、人が多様な経験から学び成長するプロセス自体に、これまで以上に経済的・社会的意義が付与されるのが経験値資本主義の社会である。そこで重要になるのは、「経験」が自己目的化しないようにすることである。すなわち経験値を稼ぐこと自体が目的ではなく、より良い価値創造や幸福の実現という目的のために経験値を活用する意識が不可欠だ。資本主義が単なる金銭的欲得に陥ると弊害を生むように、経験値資本主義も自己陶酔的な経験至上主義に陥っては本末転倒である。あくまで経験値は手段であり、それを用いて何を成し遂げるかが問われ続けるだろう。
おわりに
本稿では「経験値と資産価値」という観点からキャリア形成と人的資本蓄積について考察してきた。経験値は現代において重要な無形資産であり、それを増やし活かすことが個人・企業の競争力を決定づける。 に見られるように無形資産が企業価値の主役となった今、我々一人ひとりが自らの経験を資本と捉え戦略的に運用する発想が求められている。幸い、人間には経験から学び成長する高い潜在能力が備わっており、それを最大限引き出す手法も行動科学の知見から数多く示唆されている。本稿で述べた適切な挑戦設定 、振り返り習慣 、アウトプット共有 、健康・若さの活用 等は、その一例である。
これからの社会「経験値資本主義」では、学び続ける個人と組織が繁栄し、そうでない者との間に明暗が分かれる可能性がある。しかし同時に、テクノロジーの発達により誰もが膨大な知識や他者の経験にアクセスでき、自らの経験と組み合わせて新たな価値を生み出せる時代でもある。重要なのは主体性と戦略性だ。自らのキャリアの舵を握り 、何を経験し何を学ぶかを能動的にデザインすること。そして得た経験値を凝縮し、知恵として次に投資すること。その積み重ねが個人の人的資本を極大化し、ひいては経済社会全体のイノベーションと繁栄につながるだろう。
最後に強調したいのは、「経験が『資産』になる時代」とは同時に「経験が価値そのものになる時代」だということである。 で引用した言葉の通り、無形の経験こそが持続的競争優位の源泉となる今、人々はより豊かな経験を求めて行動するようになるだろう。資本主義が物的豊かさを追求したように、経験値資本主義では人生の充実度や有意義さ(経験価値)を競うようになるかもしれない。それは必ずしも悪いことではなく、人間らしさを深化させる方向に社会が進む可能性を秘めている。私たちは自身の経験を磨き高めることで自己実現を図りつつ、社会の発展にも寄与できるのである。経験を恐れず、失敗を糧に、学び続けること──それこそがこれからの時代を豊かに生き抜く最善の戦略であり、本稿の結論である。
