1. 序論:なぜ今「女性活躍の再設計」が必要なのか
日本におけるジェンダー平等の現状は、長年の取り組みにもかかわらず依然として課題が山積しています。世界経済フォーラムの「グローバル・ジェンダーギャップ報告書2023」によれば、日本の男女平等達成度はわずか64.7%で、調査対象146か国中125位という低い順位に留まっています。特に政治分野(女性国会議員約1割、女性閣僚8.3%)や経済分野(女性管理職比率の低迷、男女間賃金格差など)における遅れが顕著で、教育・健康分野で男女差がほとんどないのとは対照的です。これは先進国の中でも際立った状況であり、日本社会の構造的問題を示しています。また、日本は急速な少子高齢化で労働力人口の減少に直面しており、女性の潜在力を活用することは経済成長に不可欠です。実際、政府や経済界では「女性の活躍」は日本経済に残された最後の有望な成長ドライバーとも位置付けられています。例えばOECD加盟国の中で日本は依然としてガラスの天井指数が下位(29か国中27位)ですが、このジェンダーギャップを埋めて女性の社会参画を拡大すれば、GDPの押上げや企業の生産性向上につながる可能性が高いと指摘されています。世界銀行も男女格差の解消によって世界全体のGDPが20%以上押し上げられると試算しており、ジェンダー平等推進は経済・社会双方に大きなリターンをもたらすと報告しています。
こうした背景から、日本政府も企業も本腰を入れて女性活躍推進策に乗り出しています。たとえば政府は「2030年までにプライム市場上場企業の女性役員比率を3割以上にする」という目標を掲げ、企業に女性登用を促すとともに、有価証券報告書への女性管理職比率の記載を義務化するなど制度面での誘導を強化しました。しかし 単に数値目標を追うだけでは不十分 であることも明らかです。これまでの日本の取り組みは、「2020年までに指導的地位に女性30%」といったスローガンに終わり、十分な成果を上げられませんでした。それは、従来の「男性基準」の働き方や制度を前提に、数合わせ的に女性比率だけを上げようとしても、根本的な構造改革が伴わなければ現場で軋轢や形骸化を生むからです。実際に近年は、女性の管理職登用数を増やす表面的な施策だけでは組織内の反発や摩擦が起き、「形だけの平等」では真の成果につながらないとの反省も出てきました。
以上のように、ビジネスや政治分野で女性が真に活躍できる社会を実現するには、制度・慣行面の抜本的な再設計が必要です。それは単に女性側に努力や適応を求めるのではなく、社会全体の仕組みや意識をアップデートし、男女双方にとって最適な形(相互最適化)を追求することを意味します。本稿では、女性の活躍を阻む構造的要因を多角的に分析し、今求められる改革の方向性を提示します。序章では現状と課題を概観しました。以下、女性の生物学的負荷と社会構造のミスマッチ、進化心理学から見る男女の選好差、労働市場の構造的問題、AI時代の新展開などを順に論じ、その上で未来社会に必要な制度設計、企業戦略、女性個人と男性側の取り組み、そして最後に「相互最適化」による結論へと議論を進めます。今こそ、日本社会は固定観念を打破し、女性が活躍できる未来社会のデザインに着手すべき時なのです。
2. 女性が抱える生物由来の負荷と社会構造の断絶
女性のキャリア形成において、大きなハードルとなっているのが妊娠・出産・育児といった生物学起因の負荷です。女性は人生のある時期に妊娠・出産という重大なイベントを経験し、その前後には身体的・精神的な変調や育児への専念が求められます。しかし現代の社会構造、とりわけ日本の企業社会は、労働者が途切れなくフルタイムで働き続けることを暗黙の前提として設計されており、ここに大きな断絶が生じています。例えば、日本では長らく結婚・出産を機に多くの女性が仕事を辞めてきました。2000年代まで、約半数の女性が第一子出産前後に退職し、出産後しばらく非就業となる傾向がありました。育児休業制度の整備や保育環境の改善が進んだ近年になって、この状況はようやく変化しつつあります。現在では出産後も就業を継続する女性は約6割に達し、以前に比べ大幅に改善しています。しかし裏を返せば、依然として4割の女性が出産を契機に職場を離れているのが現状です。この背景には、出産前後に十分なサポートが得られず、キャリアと家庭の両立が難しい社会環境があると言えます。企業側が制度上は育休制度等を整備していても、職場の理解不足や長時間労働が当たり前の風土の中で「継続就業」を断念せざるを得ないケースが多いのです。
また、出産のみならず月経や更年期といった女性特有の生理現象も、日常的に仕事への影響を及ぼしています。多くの女性は月1回の月経に伴う体調不良(生理痛、頭痛、倦怠感など)や情緒不安定(PMS)を経験します。ある調査では、15~49歳女性の約73%が月経痛を感じ、約80%が月経関連症状による生産性低下を自覚していると報告されました。これにより女性一人当たり年間平均8.9日相当の仕事の損失が生じ、経済的損失は日本全体で推計6,830億円にも上るとの試算があります。ところが、日本には労働基準法で生理休暇が認められているにもかかわらず、実際に取得している人はわずか5.5%に過ぎません。多くの女性が体調不良時でも有給休暇や病欠扱いで休むにとどまり、生理休暇という制度は形骸化しています。その背景には、職場における理解不足や「言い出しにくい」風土があり、生理休暇を申し出ること自体がハードルになっているのです。同様に、更年期障害も50代女性の2割超に見られ、ホットフラッシュや集中力低下などで仕事に支障をきたす場合があります。しかし男性上司や同僚には理解されにくく、本人も周囲に相談しづらいなど、支援の輪が十分広がっていません。
このように、女性が生物学的に負うコストに対し、社会の仕組みや職場環境が追いついていないのが現状です。従来の日本型雇用システムは「標準的労働者=男性」を想定し、無限定に長時間働けることやライフイベントで中断しないことを前提としてきました。そのため、妊娠・出産によるキャリア中断や体調周期によるパフォーマンス変動といった「女性ならではの事情」に対して配慮が乏しく、制度と実態のミスマッチ(断絶)が生じています。この断絶を放置すれば、女性本人が「自己責任」で生物由来のハンデを乗り越えなければならなくなり、結果としてキャリア継続を諦めざるを得ない人が増えるでしょう。それは個人の夢を断つだけでなく、社会全体にとって大きな人材損失です。したがって、女性の生物学的負荷をオフセット(相殺)する仕組みを構築し、ライフイベントとキャリアが両立できる環境を整えることが急務です。本稿の後半(第6章)で詳述するように、公的制度の充実(例:産前産後休業・育児休業給付の拡充、保育インフラ拡大)や企業内制度の柔軟化(例:短時間勤務や在宅勤務の推進)によって、この断絶を埋めていく必要があります。それこそが女性の才能を埋もれさせず、社会全体の持続可能性を高める鍵となるでしょう。
3. 進化心理学と男女の選好差:キャリア行動の違いをどう理解するか
キャリア形成における男性と女性の選好や行動パターンの違いは、文化的要因だけでなく進化心理学的な視点からも一部説明できるという指摘があります。人類の長い進化の過程で、男女は異なる生殖戦略や役割分担を担ってきました。それが現代の意思決定にも無意識的な影響を及ぼしている可能性があるのです。「男女平等が進めば職業選択や能力差は消える」とかつては考えられていましたが、実際には必ずしも単純ではありません。興味深いことに、男女格差が小さい北欧諸国では、女性が理工系(高収入だが競争やリスクの大きい分野)に進む割合がむしろ低く、一方で男女平等度が低い中東・北アフリカの国々では女性の理系進路比率が相対的に高いという現象が観察されています。これは「ジェンダー平等のパラドックス」とも呼ばれ、社会的制約が少なく自由に進路を選べる環境では、男女それぞれが自身の嗜好に沿った分野をより選びやすくなるため、結果的に性差が顕在化しやすいという解釈がなされています。具体的には、男性は他者より高い収入やリスクの伴う仕事を好む傾向がある一方、女性は人と協力し誰かの役に立つ仕事を好む傾向があることが指摘されています。実際、男女の職業選択を見ると、男性は金融・コンサル・ITエンジニアなど高リスク・高リターン型の分野に集中しがちなのに対し、女性は医療・福祉・教育など人と関わり社会に貢献する分野に多く見られます。この傾向は日本でも顕著で、理工系分野の女性進出が欧米に比べ低水準である一方、看護師や保育士などケア職では圧倒的多数が女性です。もちろん、これらはあくまで平均的な傾向であり、個人差が大きいことは言うまでもありません。しかし平均値としての選好差が存在することを前提にしないと、「なぜ女性は昇進を望まないのか」「なぜ特定業界に女性が少ないのか」といった現象の背景を見誤る可能性があります。
進化心理学によれば、男性は自らの遺伝子を多く残すために競争や地位獲得に適応し、女性は限られた子どもを確実に育て上げるために安定や協調に適応してきたとされます。その結果、現代社会でも男性は競争的でリスク志向、女性は安定志向で対人協調的という心理的傾向が平均的に見られる、というのが仮説です。例えば、報酬制度についての実験では、男女で競争選好に差があることが示唆されています。ある研究では、同じ能力水準でも女性は男性より競争的な報酬制度(例:勝者総取りのコンテスト形式)を選びにくいという結果が報告されました。また、交渉場面でも女性は初期提示額に対し強気の交渉を躊躇する傾向があるとの調査もあります。これらの傾向自体に優劣はなく、環境とのマッチング次第で有利にも不利にもなり得る点が重要です。例えば、協調性や共感力は組織運営やチームワークにおいて大きな強みであり、現代の多様なステークホルダー調整には女性的なリーダーシップが有効との指摘もあります。一方で、自己評価が過小になりがちな女性は昇進や採用で機会を逃しやすいとも言われます。米ハーバード・ビジネス・レビューによれば「男性は応募条件の60%を満たせば求人に応募するが、女性は100%満たさないと応募しない」との統計もあります。このような自信の差やリスク回避傾向が、結果的にキャリア上の差につながるケースもあるのです。
重要なのは、こうした男女の平均的傾向を踏まえつつも、それをもって「だから女性は○○に向かない」と決めつけたり、男性基準に女性を合わせさせたりしないことです。むしろ、これまでの職場は暗黙のうちに「男性的」な競争文化や評価体系を良しとしてきたために女性が力を発揮しにくかった側面があります。今後必要なのは、違いを前提にした上で双方が働きやすい環境を整えることです。第7章で議論するように、企業文化を競争一辺倒から協調・成果重視型へ再デザインすることは、女性だけでなく多様な人材にとって働きやすさを高め、組織全体の生産性向上にもつながります。同時に女性自身も、「男性と同じやり方で無理をしなくてはいけない」と思い込まず、自分の強みを活かしたキャリア戦略を描くことが大切です。進化心理学的な性差は絶対ではなく、環境との相互作用でプラスにもマイナスにも転び得るものです。したがって、組織側が評価・制度を見直すとともに、女性側も必要以上に自己評価を下げず挑戦する姿勢を持つことで、両者のミスマッチを解消していくことができます。本章の結論として強調したいのは、「異なるものを同じように扱うことは、一見平等でも別の不平等を生む」という指摘 です。男女の違いを無視して制度設計すれば、表面的な平等策がかえって女性に無理を強いる結果になりかねません。だからこそ、違いを理解した上で相互に補完し合う仕組みづくり――すなわち「相互最適化」こそが求められるのです。
4. 現代の労働市場で女性が不利になりやすい構造
日本の労働市場には、女性が構造的に不利になりやすい仕組みがいまだ根強く残っています。その典型例が、正社員・非正規社員の働き方の二極化と、性別による偏りです。統計によれば、女性就業者の約53.2%が非正規雇用で働いており、男性の22.5%と比べて2倍以上という大きな差があります。非正規雇用は一般に賃金や昇進の面で不利であり、社会保険や福利厚生の待遇も正社員に比べ限定的です。なぜこれほど多くの女性が非正規という不安定な立場に置かれているのでしょうか。それは裏を返せば、正社員という働き方が女性にとって継続困難な要素を多く含んでいるからです。実際、非正規で働く女性にその理由を尋ねると、最も多い答えが「自分の都合のよい時間に働きたいから」、次いで「家計の補助的に短時間働きたい」「家事・育児と両立しやすいから」等が上位に挙がります。一方、男性でこうした理由を挙げる人は極めて少数です。つまり日本では、フルタイム正社員の働き方(長時間労働・転勤ありき・柔軟性の乏しさ)が家庭責任と両立しにくいために、多くの女性が敢えてキャリアの安定性を犠牲にしてでも非正規という選択肢を取らざるを得ない構造があるのです。
この構造的問題を歴史的に見ると、雇用慣行や制度が女性の活躍を制約してきた面が浮かび上がります。日本型雇用の特徴である年功序列・長時間労働・転勤辞令などは、家庭内に専業主婦というサポート役を持つ男性社員を念頭にデザインされてきました。男性は仕事、女性は家庭という性別役割分業が前提にあったため、企業は男性社員に過度な長時間労働や全国転勤を課し、女性社員には補助的・補完的な役割を期待する傾向が強かったのです。この結果、今なお多くの職場で「男性が仕事、女性が家事・育児」という分業を当然視する空気が残り、それが女性のキャリア形成を阻む障壁となっています。具体的には、長時間労働に高い報酬や評価が紐付いているため、家庭責任で残業ができない女性は昇進コースから外れやすくなります。また、転勤を拒めば昇格できないといった暗黙の了解もあり、育児中の女性や共働き世帯に不利です。こうした企業文化(長時間前提、全国総合職至上主義)が男性中心に組み立てられているため、結果的に女性は能力があっても活かしにくい状況に置かれがちです。
さらに、日本独特の制度も女性の働き方に影響を及ぼしています。例えば税制上の「配偶者控除」や年金の第3号被保険者制度は、専業主婦またはパートタイムの妻をモデルに設計されています。一定収入以下の妻がいる世帯には税優遇があり、妻は自ら年金保険料を納めなくても将来受給資格を得られる仕組みです。その結果、多くの既婚女性が「扶養の範囲内」に収入を抑えようとし、パートタイム労働に甘んじるインセンティブが生じます。この年収の壁問題は以前から指摘されていますが、依然として制度改正は道半ばです。こうした制度が女性のフルタイム就労を事実上阻害し、「お手伝い的な働き方」を温存している面は否めません。
また、無意識のバイアスや偏見も構造的問題です。企業の採用や昇進の場面で「女性はどうせ結婚出産で辞めるのではないか」という偏見が根強く残っていた例は少なくありません。現在では法制度(男女雇用機会均等法)や社会の目もあり表立った差別は減りましたが、それでもトップ層の意思決定者が男性中心である企業では、女性幹部登用に慎重な空気が漂うこともあります。「管理職を打診しても女性は断るだろう」「重要なポストに就けても続かないのでは」といった先入観が女性自身の意欲をそぐケースもありました。しかし、実際には「女性が昇進を望まない」のではなく、管理職になれば長時間労働がさらに増し家庭と両立困難になるからという合理的判断で辞退している場合が多いのです。このように、女性が直面する不利は個人の資質ではなく制度・文化側の問題であることを直視しなければなりません。
現状の結果として、日本では女性の働き方は依然として男性に比べ制約が多く、そのことが賃金格差にも表れています。フルタイム労働者の中央値賃金で見ると、日本は男性を100とした場合女性は78.7に留まり、OECD平均の88.4よりも大きな格差があります。また正社員に限っても男女の平均給与には2割以上の差があり、年齢が上がるほど拡大する傾向があります。こうした格差は、一部には同一労働同一賃金の未徹底や昇進格差から来ていますが、その根底には上記のような女性のキャリアが中断・縮小を余儀なくされる構造が横たわっています。要するに、現在の労働市場は「男性が家庭を顧みず長時間働くこと」を前提に最適化されてきたため、異なるライフパターンを持つ女性にはアンフェアな競争環境になっているのです。この構造を放置して表面的な数値目標だけ掲げても、女性の実力発揮にはつながりません。第6章以降で提言するように、働き方のルールそのものを見直し、女性にも男性にも柔軟で公正な環境を整える改革が必要不可欠です。それにより初めて、「女性が不利になりやすい構造」は解消へ向かい、真に実力で競える社会が訪れるでしょう。
5. AI時代がもたらすジェンダー構造の変化
急速に進展するAI(人工知能)技術とデジタル変革の波は、労働市場の性別構造にも大きな影響を及ぼしつつあります。AI時代の到来は、一面ではジェンダー格差を縮小するチャンスとなり得ますが、別の面では既存の格差を拡大・再生産するリスクも孕んでいます。まずリスク面から見てみましょう。国際労働機関(ILO)の報告によれば、AIによって再編(自動化)される可能性のある職種は、女性で9.6%に上り、男性の3.5%を大きく上回ることが指摘されています。特に先進国においてその傾向が強く、AIが事務・管理系業務を代替することで、従来女性が多く就いてきた秘書・事務職などが大きな変革の波に晒されているのです。実際、米国のデータでは、男性労働者の約24.1%が生成AIによって強化される職業(AIで生産性が上がる職種)に就いているのに対し、女性では20.5%にとどまります。一方で、AIによって「混乱」(代替の脅威)がもたらされる職業に就く割合は、男性の25.5%に対し女性は33.7%と高く 、女性の方がAIの負の影響を受けやすい構造が浮かび上がります。具体例を挙げれば、AIの発達で今後不要になる可能性が高い職種として医療事務員(女性比率91%)や一般事務員(同88%)などが挙げられるのに対し、AIで需要が高まる職種には電気電子エンジニア(男性比94%)や機械エンジニア(同89%)など男性主体の分野が並びます。要するに、現在のところ女性はAIによる自動化の影響を強く受けやすい職域に多く、恩恵を受ける先端技術職には少ないという二重の構造的課題に直面しているのです。
しかし、AI時代は同時に、これまで女性が直面してきた障壁を乗り越える契機ともなり得ます。技術の適切な活用次第では、ジェンダー格差を是正する大きな武器になり得るのです。まず、働き方の柔軟化という点でAIは追い風です。在宅勤務やオンライン会議などリモート技術の普及は、子育てや介護を担う女性でも仕事を続けやすい環境を整えました。コロナ禍を経てリモートワークが一気に広がったことは、時間や場所に制約されにくい働き方を可能にし、これまで「フルタイム出社できないと難しい」とされていた職務にも女性が参画しやすくなっています。また、AI自体の活用によってこれまで人間の主観が入り込みがちだった採用・評価プロセスの公正性を高めることも期待されます。従来の人事評価では無意識のバイアスが働き、たとえば「女性だからリーダーシップに欠けるだろう」等の固定観念が評価に影響する恐れがありました。しかしAIを用いて客観指標に基づき人材の潜在力を分析・評価する手法を導入すれば、そうした偏見を軽減できます。実際、過去の昇進パターンを機械学習で学習させたアルゴリズムは、一歩間違えば「過去に女性管理職が少なかったから将来も女性候補を低く見積もる」という偏見を引き継ぐ可能性があります。しかし、評価指標を工夫し現在のスキルや成果に基づいて予測するモデルを使えば、AIはむしろ偏見除去の強力なツールとなり得るのです。企業にとっても、多様な才能を見逃さず登用できるようになるため、人的資本の最適配置につながります。
さらに、AI時代は必要とされるスキルセットの変化をもたらします。単純で反復的な作業はAIが代替し、人間には創造性・共感力・コミュニケーション能力などがより求められるようになるでしょう。これらの能力に関しては、男女差より個人差の方が大きく、女性であるか否かに関わらず発揮できます。ただ一方で、AI技術そのものを扱うSTEM分野における女性参画の少なさは懸念材料です。日本では依然として理工系専攻の女子学生割合が低く、技術革新の担い手層で女性比率が伸び悩んでいます。例えばIMFの指摘では、日本のSTEM(科学・技術・工学・数学)専攻者のうち女性はわずか7%に過ぎず、他国と比べてもきわめて低水準です。このままでは、第4次産業革命の主役になれる女性が限られてしまいます。幸いにも、最近の動向としてAI関連スキルを持つ女性が着実に増えているという明るい兆しもあります。LinkedInの分析によれば、AIエンジニアリングのスキルを持つ女性ユーザー比率は2018年の23.5%から2025年初頭には29.4%へと上昇し、過去5年間で多くの国々でギャップが縮小しています。また、専門家によれば女性は自分のスキルを控えめに申告しがちな傾向があるとも言われ 、実際には潜在力のある女性が埋もれている可能性があります。
総じて、AI時代のジェンダー構造は課題と機会が混在する複雑な様相を呈しています。大事なのは、「AI=テクノロジー」は中立ではなく、それをどう活用するかで未来が変わるという点です。女性が多い職種が自動化の波に晒されるなら、その人々が新しいスキルを身につけてより付加価値の高い業務に移行できるよう再教育(リスキリング)を支援すべきです。企業はAI導入による効率化メリットを、人員削減ではなく労働者のスキルアップや働き方改革に振り向け、女性を含む全従業員が「AIを使いこなす側」に回れるようにすることが望まれます。また教育現場でも、女子学生がSTEM分野に進み専門性を磨けるよう奨励策やロールモデル提示が重要です。AI開発自体にも多様性を確保することで、プロダクトやサービスが偏りなく社会に貢献できるようになります。要は、AIという強力なツールをジェンダー平等実現の味方につけられるか否かは、我々人間の選択次第なのです。第6章以降では、このAI時代も見据えた上での制度設計や戦略について考察していきますが、ポイントは「技術に人間を合わせる」のではなく「技術を人間社会の理想像に合わせて活用する」ことです。ジェンダー格差解消という社会目標に沿ってAIを取り込むことができれば、女性活躍の未来像は今よりずっと明るいものとなるでしょう。
6. 未来社会の制度設計:女性の生物由来コストをオフセットする仕組み
前章までで浮き彫りになったように、女性の活躍を阻む要因の多くは個人の努力では解決困難な構造的・制度的な問題です。したがって、未来社会に向けては国・自治体・企業レベルでの制度設計を抜本的に見直し、女性の生物由来コストを社会全体でオフセット(負担軽減)する仕組みを構築する必要があります。本章では、その具体的な改革提言を論じます。
(1) 出産・育児期の支援強化:妊娠・出産・育児にかかる負荷を社会で分担する仕組みの拡充が不可欠です。まず、育児休業給付の拡充と柔軟化が挙げられます。現在、日本の育休給付は賃金の50~67%(期間により変動)ですが、これでは家計の不安から育休を最小限に切り上げ復職を急ぐ女性もいます。諸外国では北欧を中心に育休中も賃金の80~100%を保障する例があり、日本も給付水準を引き上げる検討が必要でしょう。また、復職支援策として「保育の受け皿」を飛躍的に増やすことも欠かせません。待機児童問題は近年多少改善しましたが、とりわけ0~1歳児保育の不足は深刻です。他国の例をみると、多くの国が法改正により企業側にも長時間労働是正を促し、延長保育に頼らない働き方を実現しています。日本も企業任せにするのではなく、公定価格の引き上げ等で保育士処遇を改善し人材を確保しつつ、企業には所定労働時間の短縮を促すなど、保育と働き方の両面から「子育てコスト」を社会全体で負担する仕組みを目指すべきです。さらに、出産前後の女性の健康ケアを支援する制度(例:産前産後の在宅勤務許可、妊娠中の通院休暇の有給化など)も整備すると良いでしょう。女性が安心して出産でき、その後もキャリアを中断せず続けられる環境づくりは、少子化対策としても極めて有効です。
(2) 税制・社会保障制度の見直し:前章で触れた配偶者控除や第3号被保険者制度など、女性の就労インセンティブを阻害する制度は速やかに見直すべきです。具体的には、配偶者控除については廃止または夫婦合算方式への移行、年金の第3号被保険者については「扶養される側も保険料を一部負担する」仕組みに改めることが提案されています。実際、政府内でもこれら制度の見直し議論は進んでおり、若年層を中心に「配偶者控除は時代遅れ」との認識が広がっています。これらを改革することで、「夫に扶養される妻」のモデルを前提とした制度をアップデートし、共働きが損にならない仕組みに転換できます。同時に注目すべきは、短時間正社員制度の普及です。これは、フルタイム正社員と同等の待遇(昇進・賞与・社会保険)を受けつつ、働く時間だけ短縮できる制度です。現在一部の先進企業で導入されていますが、全体としてはまだ限定的です。法制度上も、短時間正社員への転換権利や待遇均等待遇を明文化するなどの支援策が考えられます。これが広がれば、育児期など一時的に労働時間を減らしてもキャリアを継続でき、パートに落とさず働き続けられる女性が増えるでしょう。
(3) 労働時間規制と柔軟な働き方の制度化:長時間労働の是正は男女問わず日本社会の喫緊の課題ですが、特に女性活躍の観点から重要です。政府は働き方改革関連法で罰則付き残業規制を導入しましたが、依然として国際比較で日本男性の労働時間は突出して長く 、これが女性の家庭負担増大につながっています。提言としては、週当たり労働時間の上限引き下げ(現行の月45時間基準をさらに減らす)や、フレックスタイム・在宅勤務の権利保障を進めることが挙げられます。例えばドイツでは、子育て中の親には短時間勤務を申請する権利があり、企業は業務上の必要がない限り拒めません。日本でも同様に、一定条件下で労働者が勤務時間・場所を柔軟に選択できる法的枠組みを用意すべきでしょう。これは女性だけでなく男性にも適用されることで、男女とも家庭と仕事のバランスを図れるようになります。長時間労働是正と柔軟な働き方の推進は、単に女性を助けるだけでなく企業全体の生産性向上と男性の働きすぎ是正にも効果があることがシミュレーション研究で示されています。具体的には、週49時間以上働く社員の割合を大幅に減らした場合、「これなら働ける」と考える女性が増えて就業率が上昇し、結果的に全体の就業者数が6%増えて男性の仕事負担も軽減されると試算されています。つまり労働時間改革は女性活躍と男性のワークライフバランス改善の双方に資する「相乗効果」を生む施策なのです。
(4) 意識改革と包括的アプローチ:制度改革と並行して、社会の意識改革も重要です。特に政策決定層や企業経営層において、女性活躍を「コスト」ではなく「投資」と捉える発想転換が求められます。女性の潜在力発揮が経済成長につながるエビデンス(例えば女性管理職比率10%向上で企業価値向上 )を積極的に発信し、ステークホルダーの理解を得ることが必要です。また、メディアも正確な情報発信を通じて、性別役割分担の固定観念を打ち破る役割を果たすべきです。例えば「女性管理職=大変」というネガティブイメージではなく、ロールモデルとなる成功事例を紹介する、男性の家事育児参加がもたらすメリット(後述の第9章参照)を報じる等、前向きな意識変容を促す報道が望まれます。さらに、改革を進めるにあたっては若者世代や女性当事者の声を政策形成に取り入れることも重要です。多様な主体の対話を通じて合意形成を図ることで、机上の空論ではない実効的な制度設計が可能になります。
以上のような制度・仕組みの改革によって、女性が人生のあらゆる段階で活躍し続けられる社会基盤を築くことができます。それは単に女性本人のためだけでなく、男性や子ども、さらには地域社会や経済全体に波及効果をもたらす「投資」です。例えば女性の就業継続が増えれば労働力人口が増加し、税収も増え、出生率も上昇する可能性があります。また介護離職する女性が減れば人手不足の緩和にもつながります。まさに構造改革によって「ウィンウィン」の未来社会が実現できるのです。こうした制度設計の刷新は一朝一夕には進まないかもしれません。しかし、女性活躍は待ったなしの課題であり、逆に言えばここで思い切った改革ができれば日本社会は大きく活力を取り戻せるでしょう。未来に向けて、女性の生物由来コストを社会全体で支え合う制度の構築こそが、持続可能な社会デザインの中核となるのです。
7. 企業における女性活躍戦略:競争文化の再デザイン
女性がビジネス分野で活躍するためには、企業組織そのものの文化と仕組みを変革することが不可欠です。多くの日本企業では長年、男性を標準労働者とした競争的な企業文化が支配的でした。例えば「24時間戦えますか」というバブル期の広告コピーに象徴されるように、長時間働ける社員が高く評価され、休まず働くことが忠誠心や有能さの証と見なされてきたのです。このような文化の下では、出産・育児で一時的に戦線を離れたり働き方に制約がある女性は不利になりがちでした。今、企業に求められているのは、こうした競争・評価の軸を再設計し、男女問わず多様な人材が力を発揮できる職場風土を醸成することです。
まず取り組むべきは、長時間労働に依存しない業務運営と人事評価への転換です。第6章で述べたような労働時間規制の強化も背景にありますが、企業自らが「遅くまで残業する社員が偉い」という暗黙の価値観を改め、アウトプット(成果)重視の評価軸に移行する必要があります。柔軟な働き方を許容すると「生産性が下がるのでは」と懸念する声もありますが、その心配は必ずしも当たりません。NTTデータ経営研究所の分析によれば、時間や場所にとらわれない職種では男女間の賃金格差が小さく、組織全体の生産性にも好影響が見られるといいます。逆に常に長時間労働を要する職種では男女格差が大きく、人材活用の面でもロスが大きいのです。したがって企業は、可能な限りテレワーク・フレックス・時短勤務などを導入し、社員が自身の裁量で働き方を調整できる環境を提供すべきです。そして、それを利用する社員(特に育児中の女性や介護中の社員)に対して「柔軟に働く=やる気がない」という偏見を持たないよう徹底する必要があります。この「柔軟性スティグマ(スティグマ=負の烙印)」を払拭することが、生産性向上にもつながるとされています。管理職自身が率先して有給休暇を取得し定時に帰宅する、テレワークを活用する、といった模範を示すことも文化を変える一助となるでしょう。
次に、人材育成と登用の仕組みを見直すことも重要です。企業内で女性が一定以上の割合を占めるようになるには、単に採用するだけでなく継続的に育成し昇進させる必要があります。日本企業ではこれまで「総合職登用=全国転勤・長時間前提」となりがちだったため、女性の登用が進みにくい状況でした。しかし近年は政府の女性活躍推進法のもと、各企業が女性管理職比率の数値目標を掲げ始めています。さらには2022年度から上場企業は有価証券報告書に女性管理職比率を開示する義務が生じ、投資家からもダイバーシティ経営が注目されています。このような外圧も活かしつつ、企業は「等しく機会を与える」具体策を講じるべきです。たとえば、昇進候補者リストに必ず一定数の女性を含めるルールを設けたり、公募型の社内公募ポストに女性も応募しやすい情報提供をするといった工夫が考えられます。また、女性社員のキャリア継続を支えるためにメンター制度やロールモデルの提示も有効です。社内外の女性リーダーとの交流機会を提供し、「自分にも管理職としてやっていける」という自信とビジョンを育む取り組みは各社で成果を上げています。さらに、一部の先進企業では「ダイバーシティ研修」を管理職向けに実施し、無意識のバイアスを検証したり、多様な部下の強みを引き出すマネジメント法を学ばせています。こうした意識改革なくしては、制度だけ変えても現場がついてこない恐れがあります。
企業文化の再デザインにおいてもう一つ鍵となるのが、競争のあり方の見直しです。従来は個人間の出世競争・業績競争が組織の原動力と考えられてきました。しかし、過度な内部競争は協調を阻害し、中長期的には組織パフォーマンスを下げる面も指摘されています。女性活躍を促すには、チームで成果を上げる協働型の文化を根付かせることが効果的です。女性は平均的に男性よりもチーム志向・関係志向が高い傾向があり、これを活かすことで組織全体の生産性向上につながります。実際、女性が働きやすい職場は男性にとっても働きやすく、女性フレンドリーな職場風土を作ると生産性が上がり男性の負担も減ることが報告されています。具体的な戦略として、評価指標にチーム貢献度や部下育成実績を組み込み、個人の数字だけでなく組織貢献を評価する仕組みにすることが挙げられます。また、競争ではなくイノベーションや問題解決を目的としたハッカソン・アイデアソン等の社内イベントを開催し、性別や部署を超えたコラボレーションを促すのも有効でしょう。そうした場で女性の発想力や調整力が発揮されれば、周囲の評価も自然と変わってきます。
最後に、企業戦略として「女性活躍=企業価値向上」であることの周知徹底も必要です。最近の研究では、女性管理職比率の向上が企業の財務指標に好影響を及ぼす例が確認されています。製薬大手エーザイの分析では、女性管理職比率を10%引き上げると7年後にPBR(株価純資産倍率)が2.4%上昇する可能性が示されたといいます。こうしたデータや、海外投資家がESG(環境・社会・ガバナンス)の観点からダイバーシティを重視している事実などを社内に共有し、社員一人ひとりが「女性活躍は会社の成長戦略である」と理解することが大切です。男性社員にも「自分たちの働き方を見直すことで会社全体が強くなる」と納得してもらうことが、改革の実行段階では欠かせません。その意味で、女性活躍推進は全社的な変革プロジェクトなのです。経営トップから現場管理職まで、一丸となって競争文化の再デザインに取り組む姿勢が求められます。
総じて、企業における女性活躍戦略の肝は、「女性を男性と同じ土俵に上げる」のではなく、「土俵そのものを皆にとって戦いやすい形に作り変える」ことです。これにより、女性は本来の実力を遺憾なく発揮でき、男性も無理なく働ける持続的な組織が生まれます。その結果として業績が上がり、社外からの評価も高まり、人材も定着・流入しやすくなるという好循環が期待できます。企業レベルの変革は即効性が高く、多くの女性社員のキャリアに直接影響を与えるものです。政府目標に呼応して数値を上げるだけでなく、根っこから文化を変える大胆な取り組みを行う企業こそが、これからの時代の真の勝者になると言えるでしょう。
8. 女性個人のキャリア戦略:不利を無効化する行動設計
ここまで制度や組織の改革について論じてきましたが、同時に女性自身が主体的にキャリアを切り拓く戦略も重要です。構造的な障壁が存在するとはいえ、個々人の行動次第で不利を軽減・無効化できる場面も多々あります。本章では、女性がキャリア上のハンディを乗り越え、自分の可能性を最大化するための具体的なアプローチを考えます。ポイントは、現実の制約を直視しつつもそれに屈せず、戦略的かつしなやかに行動設計をすることです。
(1) 自己評価と挑戦:まず大切なのは、自分自身の能力を正当に評価し、積極的に機会に挑戦する姿勢です。前章でも触れたように、女性は自身を過小評価しがちで、「募集要件を全て満たさないと応募できない」と考えてしまう傾向があります。しかしこれは非常にもったいないことです。現実には、募集要件を100%満たす応募者など稀であり、多くの企業は「伸びしろ」も含めて人材を採用・登用しています。ですから、「まだ自分には荷が重いかも」と思えるポジションでも、60%程度要件を満たしていればまずは手を挙げてみることが肝要です。かつてHP社の社内調査で示された「女性は完璧でないと応募しない」という話は有名ですが 、今はその認知の壁を打ち破る時です。自信がない時こそ周囲の信頼できる人に自分の長所を聞いてみたり、過去の実績を書き出したりして、冷静に自己評価することをお勧めします。意外に自分が思う以上のスキルや経験を積んでいることに気付くでしょう。
(2) メンター・ロールモデルの活用:職場に身近な女性の先輩や、外部でも憧れの女性リーダーを見つけ、その人から学ぶことも有効です。企業によってはメンター制度があり、異部署の先輩女性がキャリア相談に乗ってくれる場合もあります。遠慮せずこうした制度を利用しましょう。メンターからは、昇進の打診を受けた際の心得や、家庭との両立工夫など実践的なアドバイスが得られるはずです。また社外でも、業界団体の女性ネットワーキングイベントや、SNS上で女性プロフェッショナル同士が情報交換するコミュニティがあります。そうした場に参加し横のつながりを広げることも大切です。同じ境遇の仲間と悩みを共有したり、他社の事例を知ることで、自分一人では思いつかなかった解決策が見つかることもあります。ロールモデルとなる女性の存在は、「自分にもできる」という意識改革につながります。特に管理職の少ない企業では、社外のロールモデルを積極的に探してみてください。
(3) スキルアップと自己研鑽:構造的ハンデを跳ね返す最大の武器は、個人の実力そのものです。男女関係なく高い専門性や実績を持っていれば、組織内で発言力が増し、不利な状況も覆せる場合があります。したがって、常に学び続ける姿勢を持つことが重要です。例えばデジタル技術やAIリテラシーなど、今後価値が高まるスキルを積極的に習得しましょう。社内で研修の機会があれば迷わず手を挙げる、オンライン講座や資格取得に挑戦する、といった行動です。特に女性が少ない技術分野に飛び込むのは勇気が要るかもしれませんが、逆に言えば貴重な存在として重宝されるチャンスでもあります。また語学やMBA取得など、将来の選択肢を広げる学習も有益です。スキルアップは短期的には忙しい日々の中で負担に感じるかもしれませんが、中長期的には自分のキャリアの保険になります。仮に今の職場で壁にぶつかっても、市場で通用するスキルがあれば転職や独立といった道も開けるからです。女性の場合、ライフイベントによるブランクで自信を失うこともありますが、その間にオンライン学習で新しいスキルを身に付けて復帰し、見事にキャリアチェンジした例も増えています。学ぶことをあきらめない限り、キャリアのシナリオはいくらでも描き直せます。
(4) タイムマネジメントと交渉:家庭と仕事の両立において、時間管理は死活的に重要です。限られた時間で成果を出すために、優先順位付けや業務の効率化を徹底しましょう。具体的には、毎日のToDoリストで「must(必須)」「should(できれば)」「nice to have(余裕があれば)」を仕分けし、エネルギーを配分します。完璧主義になりすぎず7割主義で進めることも時には必要です。また、育児期には周囲への適切なヘルプ要請と交渉もスキルの一つです。上司に対しては「この期間は保育園のお迎えで定時退社が必要だが、その分朝早く出社し対応する」「在宅勤務日に集中して仕事を進めるので柔軟に対応したい」といった具体策を示しつつ、理解を求めましょう。遠慮して抱え込むのではなく、できないことはきちんと伝え、代替案を提示して交渉することが大切です。意外に思われるかもしれませんが、多くの上司は部下が事情を説明すれば協力したいと考えています。問題は、女性側が「迷惑をかけてはいけない」「評価が下がるかも」と思うあまり声を上げないことで、上司も把握できずサポートが遅れるケースです。ですから、必要な配慮や調整はきちんとお願いする度胸を持ちましょう。ただしその際、「この制約の中で最大限成果を出す」というコミットメントも合わせて示すことがポイントです。これにより上司も安心して任せられますし、自身もパフォーマンスを出す動機付けになります。
(5) パートナーや家族との役割分担:個人レベルの戦略とは少し異なりますが、家庭内の協力体制を整えることも女性のキャリア戦略の一環と言えます。夫やパートナーに対しては、家事育児の負担を一緒に担うよう明確にコミュニケーションしましょう。日本では妻が抱え込みがちな家事も、最初から「二人の仕事」として役割分担表を作るなど、見える化すると効果的です。また、実家や親族の支援を得られるなら遠慮なく頼る、民間の家事代行サービスやベビーシッターを活用するなど、自分一人で完璧にやろうとしないことも重要です。キャリアと家庭の両立は、周囲を巻き込むチーム戦と捉えましょう。自分が頑張るだけではなく、「いかに周囲の力を借りて回していくか」という視点に立つのです。これも一つの戦略であり、決して悪いことではありません。むしろパートナーと家事をシェアすることは、男性側にも人生の充実をもたらすメリットがあります(第9章で詳述します)。共働きが当たり前の時代、「お互い様精神」で協力し合う新しい家庭モデルを築くことは、女性自身のキャリアを守るだけでなく、家族全体の幸せにもつながります。
以上、女性個人が実践できるキャリア戦略を挙げましたが、根底にあるのは「自分の人生の舵取りは自分でする」という主体性です。確かに外部環境には不公平な点がまだ残ります。しかし、それを嘆くだけではなく戦略的に立ち回ることで不利を最小化し、時には逆手に取って優位に変えることもできるのです。例えば「女性が少ない分野にあえて飛び込み、希少価値を高める」「子育て経験を活かしてマルチタスク能力をアピールする」など、見方を変えれば強みにもなり得ます。大切なのは、「どうせ無理」と自己制限しないことです。前述の通り、日本社会も徐々に変わりつつあります。男性の育休取得が過去最高に伸び 、企業も女性登用に本腰を入れ始めました。この追い風を捉えつつ、女性自身もしなやかにしたたかにキャリアをデザインしていくことが、真の平等への近道でしょう。あなたの挑戦が、次世代の女性たちの道を拓く一歩にもなるのです。
9. 男性側の役割再定義:負荷の対等化と新しい家庭モデル
女性の活躍を真に実現するためには、男性側の意識と役割の変革も避けて通れません。従来の日本社会では「男は仕事、女は家庭」という役割分担意識が強く、男性は仕事に専念する代わりに家庭面ではサポート役に留まるケースが多く見られました。しかし、今や共働き世帯が主流となり、男性も家庭責任を積極的に担うことが求められる時代です。それは女性のためだけでなく、男性自身や子ども、社会全体にとってもプラスになります。本章では、男性側の役割再定義として、家事・育児負担の対等化と新しい家庭モデルの構築について論じます。
家事・育児の負担を男女で対等にする
現在の日本における家事・育児分担の実態は、国際的に見ても極端に偏っています。6歳未満の子どもがいる夫婦の場合、夫の家事・育児時間の割合は全体のわずか15%程度、妻が85%もの負担を担っているというデータがあります。言い換えれば、女性は男性の5倍以上も家事・育児に時間を割いているのです。これでは女性が仕事に割ける時間・エネルギーが限られてしまうのは明らかです。一方、欧米諸国では夫の分担割合が30~40%に達しており、男女差は日本(5倍)に比べれば2~3倍程度と小さいことがわかっています。この差は歴史的な文化も影響していますが、今の日本においても男性が家庭にもっと進出する余地が大いにあることを示唆しています。実際、日本男性の家事・育児時間は先進国中最低水準(1日平均わずか41分)であるという統計もあり 、ここを改善しない限り女性の負担は軽減しません。
では具体的にどう変えていくか。まず家庭内で夫婦間の対話が必要です。従来の慣習に捉われず、家事・育児を「夫婦の共同プロジェクト」と捉えて役割分担を見直しましょう。例えば家事タスクを書き出して夫婦で平等に割り振る、曜日で交代する、得意な方が担当する代わりに別のタスクは相手に任せる、といった工夫が考えられます。ポイントは、「手伝う」ではなく「担う」意識を男性が持つことです。妻が指示役で夫が補助という構図だと結局負担感は妻に集中します。そうではなく、夫も主体的に家庭運営にコミットするのです。最近は育児休業を取得する男性も増えてきました。政府は2025年までに男性の育休取得率50%を目標に掲げ、法制度も整備しています。2022年には「産後パパ育休(出生時育児休業)」制度も始まり、男性が子の出生後8週間以内に4週間まで休業できるようになりました。これらを活用し、男性が子育て初期から深く関与することが極めて重要です。国際比較ではフィンランドやスウェーデンなど男性育休取得率が高い国ほど、男性の育児参加もその後定着しています。カナダ・ケベック州で行われた調査によれば、平均5週間の育休を取得した男性は、3年後に家事・育児時間が20%増加していたとの結果があります。つまり、一度まとまった期間育児に関わると、その後も生活スタイルが変化し、長期的に父親の家庭参加が増えるのです。日本でも、たとえ1か月程度でも男性が育休を取れば「こんなに大変だったのか!」と実感し、以降の家事育児への向き合い方が変わるでしょう。企業側も男性社員の育休取得をポジティブに捉え、チームでフォローし合う文化を促進することが大切です。
新しい家庭モデル:共働き・共育ての時代へ
男性の家庭進出は単に女性を助けるだけでなく、家族全員に幸せをもたらす新しい家庭モデルを形作ります。まず男性本人にとって、家族と過ごす時間は人生の充実に直結します。各種意識調査で「幸福度が高い人ほど家族との時間を大切にしている」という結果が出ており、子育てに関わる男性はそうでない男性より幸福感が高い傾向があります。日本では男性の育休取得率がまだ14%程度(取得日数も5日間ほど)に留まりますが 、取得した人の多くが「人生観が変わった」「子どもの成長に関わる喜びを感じた」と証言しています。短期間でも育児に専念することで得られるものは大きく、仕事一辺倒では得られない深い絆や経験値が積めるのです。さらに、夫婦のパートナーシップも強化されます。家事育児を共にする夫婦はお互いへの理解と感謝が深まり、関係満足度が高いという研究があります。ワンオペ育児で妻が疲弊し夫に不満…という家庭より、協力し合う家庭の方が円満なのは想像に難くないでしょう。
また、この新しい家庭モデルは次世代の子どもたちにも良い影響を与えます。父親が家事・育児をする姿、母親が働きに出る姿を見て育った子どもは、性別役割分担に縛られない価値観を自然に身につけます。そうした子どもたちは将来、自分が親になった時にも無意識のバイアスにとらわれず、男女関係なく家事育児に参加することができます。結果的に、社会全体がよりジェンダーニュートラル(中立)的になり、一人ひとりが望むライフスタイルを追求しやすくなります。実際、欧州でジェンダー平等度の高い国ほど出生率が高いことが示されています 。男女とも家庭と仕事を両立できる環境では、「もう一人子どもを持ちたい」と思える夫婦が増えるからです 。逆に夫の協力が得られないと感じる妻は、「二人目はとても無理」となりがちです 。この観点からも、男性が家庭に参画することは少子化対策としても理にかなっています。女性の就業率が高い国ほど出生率も高いという分析結果もあり 、男性の役割再定義は単に女性支援ではなく社会の持続性に関わる課題なのです。
では、男性側は具体的に何をすべきか。シンプルに言えば、「仕事第一」から「仕事と家庭の両立」へと人生観をシフトすることです。キャリア面では柔軟な働き方(テレワークや時短)を活用して家族時間を確保する、残業や転勤をむやみに引き受けず家庭の事情を職場に共有する、といった行動が考えられます。以前は男性がこうした希望を言い出しづらい雰囲気もありましたが、最近は政府も男性育休取得目標を85%(2030年)に引き上げ「男性育休が当たり前の社会」を目指すと表明しています。時代は確実に変わりつつあります。企業も男性社員の育児参加を推進することが「人的資本経営」上のメリットになると認識し始めています。たとえば、男性社員が長期育休に入る際、業務の属人化を解消するチャンスと捉え、業務マニュアル整備やチーム内ジョブローテを進めた企業もあります。結果、誰かが抜けても回る組織となり、生産性が向上したという報告もあります。このように、男性が家庭に関わることは企業にとってもプラスであり、もはや「遠慮する」必要は全くないのです。
家庭では、妻と対等なパートナーシップを築く意識を持ちましょう。家事育児のスキルを磨くことも大事です。慣れないうちは手際が悪くても、続けるうちに上達します。最近は男性向けの料理教室や育児セミナーなどもありますから、積極的に学ぶのも良いでしょう。育児については、子どものお世話だけでなく心のケアや教育面にも関与してください。子どもにとって父親は遊び相手以上の存在であり、相談相手にもなり得ます。父親がジェンダー平等の価値観を持っていれば、その姿勢は子どもにも伝わり、自然に広がっていくでしょう。
結局のところ、男性側の役割再定義とは「人生の幸せの在り方」をアップデートすることに他なりません。旧来のように「仕事=男の使命、家庭は任せた」ではなく、「家庭も仕事も両方充実させてこそ人生」という捉え方です。これは決して男性にとってマイナスではなく、むしろ家族からの信頼を得て人生の満足度が上がる大きなプラスです。そしてその延長線上に、女性が真に活躍できる社会があります。男性が一歩家庭に踏み出すことで、女性は安心して外で活躍でき、子どもは健やかに育ち、社会は活力を増すという好循環が生まれるのです。まさに「相互最適化」の精神で、男女がお互いの負荷を分かち合い支え合う新しいモデルを築いていきましょう。それが次章の結論にもつながる、未来社会の鍵となります。
10. 結論:女性が真に活躍する未来社会は「相互最適化」によって実現する
本稿を通じて論じてきたように、女性がビジネス・政治分野で真に活躍できる社会を築くためには、多層的な改革と協働が必要です。単に女性個人が努力するだけでも、制度面だけ整えるだけでも不十分であり、社会構造・組織文化・個人の意識のすべてを連動させて変革していくアプローチが求められます。これを端的に表現するのが「相互最適化」というキーワードです。男性基準に女性を合わせるのでも、女性だけを優遇するのでもなく、男女双方と組織・制度が歩み寄り、みんなにとって最適な形を模索する。そのような動的な調整によってこそ、持続可能で公正な未来社会が実現するのです。
まず、制度と文化の相互最適化があります。第6章・第7章で述べたように、政府や企業は制度改革を進めていますが、それを現場で活かすには文化・意識の変革が欠かせません。例えば育児休業制度が整っても、職場の空気が変わらなければ男性も女性も利用しづらいでしょう。しかし、経営者が旗を振り管理職が協力し、同僚もフォローする文化が醸成されれば、制度は生きたものとなります。そうして制度改革と意識改革がかみ合ったとき、初めて女性活躍の土壌が固まるのです。これは他の施策についても同様です。テレワーク制度×成果主義評価、短時間正社員制度×キャリア支援策、といったように、複数の施策を組み合わせ補完し合うことで、女性の生物学的負荷をカバーしつつ能力発揮を促す環境が作られます。
次に、男女それぞれの役割の相互最適化があります。第9章で強調したように、男性の働き方・生き方が変われば女性の状況も大きく変わります。男性が家庭で負担を半分担えば、女性は仕事に半分時間を割けます。男性が長時間労働を是正すれば、女性も働き続けやすくなります。このシーソーのバランスをとることが鍵です。現在、日本は男性が仕事に傾きすぎ(有償労働時間が女性の1.7倍 )、女性が家庭に傾きすぎ(無償労働時間が男性の5.5倍 )という極端な構図です。これを是正し、男女とも仕事と家庭を適切にミックスできるようにする。つまり、男性は家庭の比重を上げ、女性は仕事の比重を上げる。その中間点で互いの幸福度と生産性が最大化するポイントを探るのです。このポイントは家族ごと・組織ごとに異なるでしょうから、一律ではありません。しかし大事なのは、双方が歩み寄り努力する意思です。女性だけが負担してきた部分を男性も担い、男性だけが享受してきた特権的な働き方の恩恵(長時間働けば高評価など)を見直す。それができれば、女性のキャリアは中断しにくくなり、男性も人生の選択肢が広がります。
さらに、世代間の相互最適化にも触れておきます。現在の改革は、同時に次世代への教育でもあります。今、私たちが企業や家庭で示す行動が、子どもたちの価値観の基準になるのです。例えば会社で女性管理職が活躍し、男性社員が育休を取る姿を若手社員が見れば、それが当たり前の光景となります。家庭で父親が料理し母親が仕事談義をしていれば、それを見た子どもは性別に関係なく自分の進路を描けるでしょう。
このように、今の大人世代が相互最適化を実践することは、未来の世代への最高の教材になります。そう考えると、私たち一人ひとりの行動の意味は非常に大きいと言えます。女性が一社で活躍すれば、その企業の風土が変わり、他の女性の道が拓けます。同時に男性が一ヶ月育休を取れば、周囲の男性社員も「自分も取ろう」となるでしょう。この波及効果はやがて社会全体を変えていきます。
最後に強調したいのは、女性活躍の実現は「相互に得をするゲーム」であるということです。女性が活躍すると男性が損をする、あるいは誰かの席を奪うといったゼロサムな考えは誤りです。むしろ女性が潜在力を発揮すれば経済は成長し、雇用も増え、男性にも新たな機会が生まれます。世界銀行の報告が示すように、男女間格差の解消は今後10年の世界経済成長率を2倍にする潜在力があるのです。また家庭においても、妻が活躍できる家庭は夫も育児に参加でき、子どもも健全に育ち、家族みんなが幸福度を高められます。社会的にも、様々な場面で女性の視点や才能が活かされることでイノベーションが生まれ、政治でも多様な民意が反映されるようになります。それは一部の人だけでなく社会全体の質を向上させるものです。
以上の議論を総括すれば、女性が真に活躍できる未来社会とは、誰もが固定観念に縛られず能力を発揮できる社会に他なりません。そのためには男女が反目するのではなく、手を携えて既存の枠組みをアップデートしていく姿勢が必要です。「相互最適化」はまさにその象徴であり、すべての構成員がベストな状態を目指して調整し合うプロセスです。日本社会は今、その変革の入り口に立っています。女性活躍推進という言葉が掲げられて久しいですが、ここから先は質的転換を伴う第二フェーズに進むべき時です。それは単なる数合わせではなく、社会システム全体の再デザインという挑戦です。本稿で提言した構造改革と戦略を実行に移すことで、きっと道は開けるでしょう。女性が活躍できる未来社会は、決して絵空事ではありません。相互理解と協働の精神で一歩ずつ進めば、必ずや実現できる明るい未来図なのです。
