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現地採用の成功と失敗──SNSが語らない“階層構造”の真実

海外移住や現地採用は、逃避先ではなく「別の階層構造に入る選択」である。
成功と失敗を分けるのは、国や環境ではなく、
構造理解 × 戦略 × 実行力を持っているかどうかだ。

要点(この記事でわかること)

  • 海外で働く日本人社会には、駐在員・現地採用・現地人という明確な階層構造が存在する
  • SNSで語られる海外生活は、意図的に編集された“成功断面”にすぎない
  • 現地採用は「自由」ではなく、実力主義かつ自己責任の世界である
  • 目的なき「逃避型現地採用」は、30歳前後でキャリア崩壊しやすい
  • 成功する現地採用者は、専門性・実績・現地適応力・長期視点を持っている
  • 現地採用でも、条件次第で駐在員を超える待遇・影響力を得ることは可能
  • 誤解されないためには、成果を数字と文脈で語れる説明力が不可欠
  • 海外移住で重要なのは、憧れではなく構造理解と戦略的意思決定である
目次

プロローグ|なぜ、SNSは“現地採用”の真実を語らないのか?

近年、SNS上では海外で働く「現地採用」の生活が華やかに語られることが多くなりました。南国のビーチでリモートワーク、都会の高層コンドミニアムでの優雅な暮らし、週末は異国のカフェ巡り――そんな投稿を見て、「自分も海外移住して自由な生活を送りたい」と憧れる人も少なくありません。しかし、SNSに流れるこれらの情報は、必ずしも現地採用のリアルな姿を映し出しているわけではありません。

Aさん(29歳)は、まさにその“幻想”に惹かれて海外に飛び出した一人でした。SNSで繰り返し流れてくる「海外移住は人生が変わる」といった眩い投稿に背中を押され、思い切って東南アジアの国へ渡りました。日本では将来が見えず、環境を変えれば何かが動き出すはずだと信じていたと言います。しかし現地で働き始めると、SNSでは決して語られない“構造的な現実”が少しずつ見えてきました。海外に移れば自由になれると思っていたはずが、そこで待っていたのは別の階層構造と、自分の立ち位置を突きつけられる日々だったのです。

こうしたSNS特有の“演出された姿”を象徴する出来事もありました。X(旧Twitter)の新機能でアカウントの所在地表示が始まった際、「海外在住」を自称して豪華な暮らしぶりを発信していたいくつかのアカウントが、実は日本国内から投稿していたことが明らかになり、SNS上で衝撃と失笑が広がりました。海外駐在員や「駐在妻(現地に帯同する配偶者)」を装い、意識高いビジネス論やラグジュアリーな日常を綴っていた人々が、実際には海外にいなかった――この出来事は、SNS上の情報がいかに“演出”に満ちているかを如実に物語っています。

たとえ本当に海外で働いている人の発信であっても、投稿内容は多くの場合、ポジティブで魅力的な側面に偏りがちです。昇進した、給与が上がった、週末旅行を満喫した……そうしたキラキラした瞬間が強調される一方で、日々直面する地道な苦労や、そこに横たわる構造的な課題について語られることは稀でしょう。

ここに、本記事のテーマがあります。SNSが語らない「現地採用」の真実とは、海外で働く日本人を取り巻く“見えにくい階層構造”です。海外移住によって手に入る自由や楽しさの陰で、実は多くの現地採用者たちが、日本人社会の中と外、二重のヒエラルキー(階層構造)の狭間で悩み、もがいています。これから海外移住を検討しているあなた、そして今まさに現地採用として奮闘しているあなたに向けて、いったんSNSの幻想から距離を置き、この「階層構造の真実」を冷静に見つめ直してみたいと思います。

本記事では、世界の新興国を中心に、海外で働く日本人コミュニティの現状を社会学的・構造的な視点から掘り下げていきます。駐在員(日本の本社から派遣された社員)と現地採用(現地の企業に直接採用された社員)という二つの立場の間に横たわる“見えざる壁”。その壁に起因するキャリア上・生活上の課題や葛藤、そしてそれらを乗り越えていくための方法論までを、全12章にわたり立体的に描き出します。

各章では、仮名によるリアルな人物エピソードを交え、具体的な状況をイメージしやすい構成としました。Aさん、Bさん…といった登場人物たちのストーリーは、実際に現地で起きている出来事をモデルにしています。読者であるあなた自身の境遇に重ね合わせながら読み進めることで、「自分ならどうするか?」という問いが自然と立ち上がってくるはずです。ただし、本記事は感情論に流されることなく、あくまで中立的で分析重視のスタンスを貫きます。華やかな表面の裏にどんな構造が潜んでいるのかを、一緒に冷静に見極めていきましょう。

それではプロローグに続き、第1章から具体的な内容に入っていきます。まずは、「海外移住の本質」について考えてみましょう。SNSが見落としがちな、海外移住という選択の本質とはいったい何なのでしょうか。

第1章|海外移住の本質は“階層構造に組み込まれること”である

「海外に行けば日本よりものびのび生きられる」――。これは多くの日本人が抱きがちな海外移住のイメージかもしれません。確かに、新天地ではしがらみの少ない自由な生活やキャリアチャンスがあなたを待っているように思えるでしょう。しかし、見落としてはいけないポイントがあります。それは、海外に移り住むことの本質は、異なる社会の階層構造の中に自分が組み込まれることだという現実です。

たとえば、ある新興国への移住を決めたBさん(25歳)。彼は日本の閉塞感から抜け出したくて単身渡航し、現地の日系企業に就職しました。赴任当初、Bさんは「これで日本の年功序列や窮屈な人間関係から解放される」と期待に胸を膨らませていました。しかし、いざ働き始めてみると、そこには別の階層構造が存在することに気づきます。

Bさんが配属された現地法人では、社員は大きく三つのグループに分類されていました。一つは日本から派遣され一定期間赴任している駐在員たち。彼らは管理職として高給と裁量を持ち、現地スタッフや日本人社員を指揮する立場です。二つ目はBさんのように現地採用で入社した日本人社員。駐在員よりも若手が多く、給与水準も駐在員のそれとは大きな開きがあります。三つ目は現地人のスタッフたちで、多くは一般職として日々の業務をこなしています。このように、一つの企業の中に階層的な構造が存在しており、Bさんは否応なくその中に組み込まれました。

さらに視野を広げると、現地社会そのものの階層構造にも我々日本人は取り込まれます。新興国では、多くの場合外国人労働者(特に高給を得る駐在員層)は現地の富裕層に近い経済的地位を占めることがあります。一方で、現地採用の日本人はというと、現地人スタッフより恵まれた給与をもらっていて中間層以上ではあるものの、駐在員ほどの厚遇ではない、といった微妙な位置づけです。つまり、日本人コミュニティ内だけでなく、現地の経済階層の中でも日本人駐在員と現地採用の日本人とで階層的位置づけが異なる場合があるのです。

この章で強調したいのは、「海外移住=自由になれる」という表面的なイメージの裏で、人は知らず知らず何らかの階層・ヒエラルキーに属する一員となるという事実です。Bさんの場合、彼は日本社会の年功序列からは離れられたかもしれませんが、新たに「日本本社から派遣された駐在員-現地採用日本人-現地スタッフ」という階層構造の中で自分の立ち位置を認識せざるを得ませんでした。新興国XでのBさんの役割は、日本本社の指示を受けた駐在員上司を補佐し、現地スタッフとの橋渡し役を担うというもので、これは日本にいた頃には経験しなかった種類の役割葛藤を生むことになります。

重要なのは、こうした構造自体は必ずしも「悪」ではないということです。会社組織や社会には何らかのヒエラルキーが存在するのは自然なことであり、むしろ階層構造が秩序をもたらす側面もあります。問題なのは、その構造が個人にどのような影響や制約を与えるかを理解せずに海外生活を始めてしまうことです。SNS上ではこうした複雑な構造の話題は敬遠されがちで、どうしてもシンプルで華やかな部分だけが切り取られて伝わります。しかし現実の海外生活は、異なる文化・組織の中に自分が飛び込み、そのヒエラルキーに向き合うことの連続です。

Bさんは現地で働き始めて数ヶ月後、「自分は思い描いていたほど“自由”ではないのかもしれない」と感じ始めました。確かに日本の本社勤務時代より服装や勤務時間は柔軟になったものの、“駐在員→現地採用日本人→現地スタッフ”という社内の力関係に従って動く必要があり、自分の意見より本社や駐在員上司の方針を優先せざるを得ない場面も多々あったのです。彼は徐々に、「海外で働くことは、日本とは違うゲーム盤の上に乗ること。駒の動かし方のルールが変わっただけで、ルール(階層構造)がないわけではない」という現実に気付いていきました。

海外移住を検討している読者の方は、ぜひ「自分はどんな社会構造の中に飛び込むのか」という視点を持ってください。現地の文化やビジネス慣習を学ぶのはもちろん大切ですが、その根底にあるヒエラルキーへの理解を深めることで、現地でのご自身の立ち位置や戦略も見えてくるはずです。次章では、そうした日本人コミュニティ内部の隠れたヒエラルキーについて詳しく見ていきましょう。

第2章|日本人コミュニティの隠れたピラミッド構造

異国の地に暮らす日本人コミュニティには、一見すると仲間意識や助け合いが存在します。慣れない土地で同郷のよしみは心強く、情報交換をしたり日本食を囲んだりと、日本人同士の交流は移住者の精神的支えにもなります。しかし、その日本人コミュニティの内部にもう一つのピラミッド構造が存在していることはあまり語られません。

Cさん(35歳)は東南アジアのある国で現地採用として働いていました。彼によれば、現地の日本人社会には暗黙の序列があるといいます。トップに位置するのはやはり大手企業から派遣されている駐在員たちです。駐在員は企業からの肩書きと潤沢な手当を背景に、現地日本人会の役職についたり、コミュニティ内で強い発言力を持ったりしています。その配偶者である駐在員夫人(いわゆる「駐在妻」)も、現地の日本人ネットワークで独自のグループを作っていることがあります。その下に位置するのが現地採用の日本人たちです。現地採用組は駐在員に比べ経済的には余裕がないケースが多く、コミュニティ内での存在感も駐在員に比べると弱めです。さらに場合によっては、現地で起業した日本人や、フリーランス・学生・現地の日本人配偶者といった多様な立場の人々が周辺に存在し、それぞれが微妙なヒエラルキーを感じさせる場面があると言います。

Cさんの体験を少し紹介しましょう。彼がかつて勤めていた日系企業の現地法人では、駐在員と現地採用社員の間には明確な壁がありました。 ある駐在員は会社から月に日本円で数十万円もする豪華なサービスアパートを提供され、プライベートドライバー付きの車で送迎されていました。一方、Cさん自身を含む現地採用の日本人社員たちは、自腹で現地の相場に合ったアパートを借り、公共交通や自分の車で通勤していました。ランチタイムになると、駐在員たちはしばしば駐在員の同僚たちと高級レストランに出かけます。現地採用のCさんたちが一緒に誘われることは滅多になく、「誘わないのも角が立つから誘ってはくれるけど、本当は別行動したいんだろうな」という雰囲気が感じられたと言います。夜の会食や週末のゴルフも、駐在員同士で固まって行われ、現地採用組は蚊帳の外。「駐在員連中は明らかに現地採用なんか格下だと思っている」というCさんの言葉には、生々しい悔しさが滲んでいました。

このような隠れたピラミッド構造は、当の現地採用者たちにも心理的な影響を及ぼします。自分たちは同じ日本人社会の一員であるはずなのに、「駐在員様グループ」と「その他」のように扱われることで、劣等感や疎外感を抱く人もいます。一方で駐在員側にも本音では微妙な感情があるようです。後述するように、駐在員は駐在員で現地採用者からの嫉妬や皮肉を感じることもあり、互いに歩み寄りにくい空気が生まれることもあります。このようにして、日本人コミュニティ内では表向きの友好ムードの裏で見えない身分意識が生まれてしまうのです。

この現象の背景にはいくつかの要因が考えられます。一つは経済格差です。後の章で詳述しますが、駐在員と現地採用では給与や福利厚生に大きな差があります。駐在員の年収は同じプロジェクトに携わっていても現地採用者の倍以上になることも珍しくなく、さらに住宅手当や帰国旅費、子女教育補助、社用車などあらゆる手当が付きます。この経済力の差が、生活様式や交友関係の差となって表れ、コミュニティ内の序列感覚につながります。また、多くの日本企業では「本社採用の駐在員こそが意思決定権を持つ」という前提があるため、組織内での意思決定プロセスがそのままコミュニティ内の力関係に投影される面もあるでしょう。

さらに興味深いのは、そうしたヒエラルキーが必ずしも明文化されていないにも関わらず共有されている点です。誰かが「あなたは駐在員だから偉い、現地採用だから下だ」と公言するわけではありません。しかし、会合の席次や発言力、情報の伝わり方などにおいて、両者の扱いに差が出ることがあります。例えば現地の日本人会や商工会の役職は、主要企業の駐在員が占めていることが多く、彼ら同士のネットワークで物事が決まっていく傾向があります。現地採用の日本人がそうした主要ポストに就くケースは稀であり、「そもそも土俵に上がれていない」と感じる人もいるでしょう。

Dさん(32歳、現地採用)は、自身の体験をこう振り返ります。「現地に来たばかりの頃、ある日本人会の集まりに出たんです。そこでは駐在員の○○さんや△△さんが中心となって話が進み、私はほとんど聞き役でした。名刺交換をしても、所属を言った瞬間に相手の表情が『あ、この人は現採(現地採用)か』と変わるのが分かるんです(笑)。悪気はなくても、どこか見下されているような気がして、それ以来そういう場には足が遠のきました。」Dさんのように感じている現地採用者は決して少なくありません。

もちろん、すべてのコミュニティやすべての駐在員がそうだというわけではなく、両者の垣根を作らず交流している例もあります。しかし、多くの海外在留邦人社会には程度の差こそあれピラミッド状の構造が存在し、それが人間関係や情報共有に影響を及ぼしているのは事実です。現地採用者同士で愚痴を言い合う際に「まあ駐在様には敵わないよね」といった自嘲混じりの言葉が飛び出すのは、この構造を肌で感じているからこそでしょう。

本章のポイントは、日本人コミュニティという狭い世界の中にもヒエラルキーがあるという認識を持つことです。海外に出ると日本人同士はもっとフラットで助け合える関係になれる…と思うかもしれませんが、実際には日本で培われた企業文化や経済格差がそのまま持ち込まれ、隠れた序列を生み出すことがあるのです。この構造を理解しておくことは、現地での人間関係づくりにおいてとても重要です。駐在員だから偉い、現地採用だから卑下すべき、という話では決してありません。お互いの立場や背景を理解してコミュニケーションを取ることで、不要な誤解やストレスを減らすことができるでしょう。そのためにもまずは事実として、このピラミッド構造の存在を認識することが出発点になります。

第3章|駐在員という“貴族階級”の実態

では、ピラミッド構造の頂点に立つ「駐在員」という存在について、もう少し掘り下げてみましょう。現地採用の視点から見ると、駐在員はまさに「貴族階級」のように映ることがあります。彼らは本社からの命を受け期間限定で赴任してくるエリートであり、会社から与えられる待遇はきわめて手厚いものがあります。この章では、駐在員の待遇や役割、そして現地採用者との意識のギャップについて分析します。

Eさん(40歳)は日系メーカーの駐在員として東南アジアの支社に赴任中です。彼のケースを通じて、駐在員の待遇がどのようなものか見てみましょう。まず給与面ですが、Eさんの月収は約60万円。これは現地採用日本人の平均的な月収約20万円を遥かに上回る額です。加えて、住宅手当として高級コンドミニアムの家賃(毎月日本円で20〜30万円程度)が全額会社負担。専用車と運転手のサービスも提供され、現地での移動に困ることはありません。さらに子どもがいればインターナショナルスクールの学費補助、年に一度以上の一時帰国航空券支給、医療保険の完備など、挙げればきりがないほどの福利厚生が用意されています。Eさん自身、「正直、自分の持ち出しのお金は食費と趣味くらい。日本にいた頃よりお金が貯まりますね」と笑います。駐在員の平均年収は派遣先にもよりますが、日本円換算で800万円〜1000万円超にのぼり、それは現地では富裕層に匹敵する水準です。現地人から見ても、駐在員の生活は高級コンドや日本人専用クラブに出入りする姿など「お金持ち」のイメージで語られることもしばしばです。

こうした厚遇ぶりから、駐在員は現地採用の日本人や現地スタッフからまさに“選ばれし者”に見えることでしょう。高級サービスアパート(家具・家事代行付きの住居)に住み、会社のお金で接待の食事やゴルフに興じる様子は、同じ会社で働く身でありながら現地採用者には遠い世界です。実際、前章で触れたような駐在員と現地採用者の交流の少なさの裏には、このライフスタイルの違いが横たわっています。普段行く店も住む場所も全く異なれば、プライベートで交わる機会が減るのも自然な成り行きかもしれません。

それでは、駐在員本人たちは自分たちのことをどう感じているのでしょうか。Fさん(38歳、駐在員)は、「恵まれているとは思うけど、それは責任の裏返しでもある」と話します。実際、駐在員は現地法人の経営管理や本社との調整という重い役割を担っています。Fさんは本社での実績が評価され、現地子会社の経営改善というミッションを背負って送り込まれました。現地の経営数字に責任を持ち、数年の任期内に成果を出さねば本社にもどってからのキャリアにも響くというプレッシャーがあります。彼は「貴族というより、実際には前線の指揮官として送り出され、戦地で戦っているような感覚ですね」と苦笑します。つまり、駐在員側にも駐在員側の苦労があるということです。

しかしGさん(45歳、元駐在員で現在は本社勤務)の指摘によれば、「多くの駐在員は自らの特権的な待遇をある程度当たり前と感じてしまっている」側面も否めないとのことです。長年日本企業の海外事業に携わってきたGさんは、数多くの若手駐在員を見てきましたが、「赴任直後は申し訳なさそうにしていた人も、半年もすると社用車や広い社宅が当たり前になりがち」だと言います。「むしろ本社に戻った後にその待遇が無くなることを不安に思う人もいるくらいです」と苦笑まじりに語ってくれました。それだけ駐在員の環境は日本での暮らしとかけ離れており、一種のラグジュアリーなバブル空間になっているのです。

現地採用の立場から見ると、この「駐在員バブル」は複雑な感情を引き起こします。一つは羨望と憧れ。自分もいつか駐在員になりたい、あのような待遇で働きたいと思う現地採用の若手もいます。しかしもう一つは不公平感や反発心です。「自分の方が現場で汗をかいて成果を出しているのに、“本社から来た”というだけで高給を取る駐在員がいる」という構図にモヤモヤする現地採用者は少なくありません。特に、現地採用者の中には高度な語学力や専門性で現地法人を支えているにもかかわらず、昇給は微々たるもの…というケースもあり、「結局、本社採用じゃないとどんなに頑張っても報われないのか」と感じてしまうのです。このような構造的な不公平感は企業制度上ある程度仕方のない面があるものの 、現地で働く人々のモチベーションに影響するのは否めません。

さらに、駐在員自身も現地採用からの視線を感じ取り、居心地の悪さを覚えることがあります。冒頭で触れたGさんは「駐在員には現地採用者からのやっかみが強い」とまで述べています。Gさんいわく、「強くてニューゲーム状態」(最初から高レベルの装備でゲームを始めるような楽な立場)で海外赴任できる駐在員には、現地採用者が抱えるデメリットが一切ない。そのことへの嫉妬や反感は確かに感じる、と。そうした負の感情は歓迎できるものではないので気にしないようにしていたが、全くゼロとは言えないと語っています。実際、駐在員と現地採用社員との間に微妙な溝ができ、お互いが歩み寄らなくなると、組織全体のコミュニケーションにも支障が出かねません。

駐在員という「貴族階級」の実態をまとめると、

  • 経済的特権:高給与+手厚い手当で現地富裕層並みの生活水準。
  • 組織内地位:本社の威光を背に現地法人の指揮を執るエリート的存在。
  • 責任とプレッシャー:成果を求められる任期付きミッションによる重圧。
  • コミュニティ内序列:日本人社会で強い発言力を持つが、現地採用者との間に見えない壁。
  • 相互の感情ギャップ:現地採用側の羨望・反発と、駐在員側の微かな後ろめたさ・警戒心。

こうした要素が絡み合い、駐在員と現地採用はお互いになかなか理解し合えない関係になりがちです。しかし構造を冷静に見てみると、駐在員制度とは企業が「日本人プレミアム」として設けているものであり、その前提には「海外拠点のトップは本社から派遣された日本人が担うべきだ」という考え方があります。この前提がある限り、駐在員には特権が与えられ続け、現地採用との待遇差も埋まりづらいのが現状です。

現地採用者にとって駐在員は羨ましくも遠い存在に映りますが、一方で駐在員を逆転する方法も次第に見え始めています。それについては後の章(第9章)で述べますが、駐在員を単なる「ずるい特権階級」と捉えるのではなく、企業の制度と戦略に基づく役割であると理解することが大切です。その上で、自分が今後どう振る舞い、キャリアを築いていくかを考える必要があるでしょう。

第4章|現地採用という“実力主義の荒野”

前章までで、駐在員がいかに厚遇され「守られた立場」であるかを見てきました。それに対して現地採用の世界は、一言で言えば「実力主義の荒野」です。日本の本社という後ろ盾がなく、年功序列といった温床も期待できない環境では、自分の実力一本で生存競争を勝ち抜かなければならない厳しさがあります。この章では、現地採用者が置かれる実力主義の環境と、その中での葛藤を考察します。

Hさん(29歳)はベトナムの企業に現地採用されたエンジニアです。日本では新卒から大手メーカーに勤めていましたが、「若いうちに自分の力を試したい」と海外転職を決意しました。ベトナムの会社では年齢や社歴に関係なく成果で評価されると聞き、Hさんはやる気に満ちて入社しました。ところが、実際に働いてみると想像以上に結果を出し続けるプレッシャーがのしかかってきました。Hさんの会社は完全実力主義で、四半期ごとに個人の業績目標の達成度が査定されます。成績が振るわなければボーナスはゼロ、さらに半年以上低迷すれば容赦なく契約終了(解雇)という規定もあります。Hさんは「自分の実力次第なのはフェアでいい」と割り切りつつも、「一度でもコケたら終わりかもしれない」という緊張感に常に晒され、心休まる暇がないと言います。

実際、海外企業では年功序列の評価体系はなく、実績がすべてという傾向が強いです。優秀で結果を出し続けられる人にとっては最適な環境ですが、結果を出せなければ昇給もなく、場合によっては解雇になる可能性すらあります。この厳しい実力主義の環境に覚悟なしに飛び込むと、「思っていたのと違う…」と後悔するケースもあるでしょう。日本企業であれば、多少成果が出なくても年齢が上がれば給料も上がり、クビになることは滅多にありません。しかし現地採用として海外で働く場合、その暗黙のセーフティネットは外れてしまうのです。

Iさん(31歳)は日系の現地法人に現地採用で入社しました。彼の仕事内容は、日本人駐在員と現地スタッフの橋渡し役です。具体的には、本社から来る指示や資料を現地語に翻訳して現地スタッフに伝え、逆に現地の状況や意見を日本語で本社や駐在員に報告するというものです。一見すると重宝されるポジションですが、Iさんは板挟み状態に悩まされました。本社の方針は必ずしも現地事情に合わず、無理な要求を現場に通さなければならないことがあります。一方、現地スタッフからは「日本本社の犬」と陰口を叩かれ、駐在員からは「現地の言い分ばかり擁護する」と不満を言われる。現地採用として現地スタッフと駐在員の間に挟まれる問題は決して珍しくなく、この状況はIさんだけでなく多くの現地採用者が経験するものです。

調整役として両者の板挟みに遭うストレスは大きく、コミュニケーションが上手くいかずに「自分が海外転職したのは失敗だった」と悔やむケースもあるようです。

Iさんのような「何でも屋」的ポジションに置かれる現地採用者は少なくありません。日本企業の現地法人では、とかく人員が限られているため、一人が複数の役割を担わされる傾向があります。「現地採用は何でもやらされがち」というのはよく聞く話です。営業もマーケティングも経理的な雑務も、日本人だからと幅広く任されるうちに専門性が身につかない――これも現地採用の落とし穴と言われます。この点、日本に比べて配置転換や部門替えが限られる現地法人では、一度そうしたポジションに嵌ってしまうとキャリアアップが難しくなる可能性もあります。

また、現地採用者は日本の社会保険制度が適用されないというデメリットもあります。日本国内で働く場合、厚生年金や健康保険に守られ、仮に休職しても傷病手当が出たりします。しかし海外現地採用では勤務先国の制度に従うため、日本のような充実した社会保障を享受できないことが多いです。例えばアメリカなら医療費は全額自己負担が基本で高額、国によっては退職金制度もないなど、「会社に守ってもらえない」リスクが伴います。これは将来日本に帰国した際の年金受給額や保険加入条件にも影響します。要するに、現地採用者はあらゆる意味で自己責任と実力本位の環境に置かれるわけです。

Jさん(28歳)は現地採用として入社して2年目、最近壁にぶつかっていました。入社当初はバリバリ成果を出して高評価だったものの、新規プロジェクトで失敗を経験し、上司から厳しい叱責を受けました。以来自信を失いかけている彼に対し、人事からは「次の査定で巻き返さないと昇給は難しい」とプレッシャーがかかります。Jさんは「日本にいたら年次で多少給料も上がってたのにな…」と漏らします。しかし同時に、こうした実力勝負の環境だからこそ若くして大きな仕事を任される面もあり、難しいところです。事実、Jさんの同期であるKさんは大活躍して早くもチームリーダーに抜擢され、昇給も勝ち取っています。「結果を出せば20代でも幹部候補になれる。それが外資・海外の醍醐味じゃないか」とKさんは言います。JさんとKさん、同じ現地採用でも明暗を分けた二人の差は、純粋に業績という“実力”だけでした。

このように、現地採用という働き方は厳しい実力社会である一方、チャンスに満ちてもいます。年齢や社歴に関係なく、成果を出せば昇進・高収入が可能であり、逆に実績が伴わなければポストも収入も停滞するという極めてシンプルな世界です。「海外で働いて後悔した」という人の共通点の一つに、「海外に対して過度な理想を描いていた」ことが挙げられます。つまり、「海外=自分を成長させてくれる舞台」「頑張れば日本以上の成功が手に入る」といった期待を抱きすぎて現実とのギャップに失望するパターンです。しかし冷静に考えれば、海外とは決してユートピアではなく、成果を求める厳しい職場だという当たり前の事実に行き着きます。現地採用として成功するためには、この荒野で生き抜く覚悟と準備が不可欠なのです。

以上の点をまとめると、現地採用という働き方には以下のような特徴があります。

  • 年功序列なし、成果主義のみ: 年齢や勤続年数ではなく純粋な成果で評価・処遇が決まる。結果を出せなければ昇給なし、場合によっては解雇もあり得る。
  • 板挟みの役割: 多くの現地採用者は本社(駐在員)と現地スタッフの橋渡し役となり、双方の要望に挟まれてストレスを抱えやすい。
  • 職務の範囲が広い: 日本人ゆえに雑務含め何でも任され、「何でも屋」になりがち。専門性を高めづらく、評価軸が曖昧になるリスクもある。
  • 社会的保障の薄さ: 日本の社会保険や雇用保障に頼れず、各国のルール下で自己防衛が必要。会社都合で解雇されればビザも住居も失いかねない不安定さがある。
  • 大きなチャンス: 一方で、実力次第では若手でも大きな役割や高収入を掴める。日本では考えられないスピードでの昇進も可能(逆に失脚も早い)。

この荒野を「怖い」と感じるか「やりがい」と感じるかは人それぞれでしょう。重要なのは、現地採用になろうと決めた時点で、この実力主義の世界に身を置くのだという覚悟を持つことです。覚悟なく飛び込めば後悔する確率が高まり、しっかり準備して臨めば年齢や社歴に縛られず力を発揮できる場となります。では、この実力主義の荒野に飛び込み成功する人もいれば、挫折する人もいるのはなぜでしょうか?次章では、その分かれ目となる「逃避型現地採用」の罠と、多くの現地採用者が直面する30歳という壁について考えてみます。

第5章|逃避型現地採用の崩壊と30歳の壁

ここまで、現地採用という働き方の構造と厳しさを見てきました。その中で、「逃避型現地採用」というキーワードが浮かび上がります。これは日本の職場環境や人生に行き詰まりを感じ、「何かを変えたい」「今の状況から逃れたい」という想いで海外に活路を求めるタイプの人たちを指します。若いうちにそれに賭けて成功する人もいますが、残念ながら甘い幻想のまま海外に飛び出して挫折する人も少なくありません。そして、多くの場合その転機は30歳前後に訪れます。本章では、逃避型現地採用者の典型的な失敗パターンと、「30歳の壁」と呼ばれる現象について解説します。

冒頭に登場したAさんを思い出してください。彼女はSNSで見た海外生活のキラキラした姿に憧れ、具体的なキャリア計画がないまま「とにかく日本を出たい」と東南アジアの国へ移住しました。最初の1〜2年、Aさんは現地の緩やかな雰囲気や低物価の生活を謳歌し、日本での窮屈なOL生活に比べれば天国だと感じていました。ところが、3年目に差し掛かるころから状況が変わってきます。同年代の日本の友人たちは着実にキャリアを積み、結婚や資産形成を始めている。一方、自分は目の前の仕事(日本人観光客相手のサービス職)に大きなスキルアップ要素もなく、昇給も頭打ち。将来への不安が頭をもたげ始めました。「このままでいいのだろうか?」という焦燥感です。

まさに30歳という年齢は、多くの人にとって節目となるタイミングです。日本社会においても、「三十路(みそじ)の壁」などと言われ、30代に入ると転職市場で急に扱いが変わるとか、将来設計を現実的に考え始めるとか、様々な局面があります。海外で現地採用として働く日本人にとっても例外ではありません。むしろ、20代の特権だった若さという武器が薄れ、海外経験を“キャリア”として問われる年代に差し掛かるがゆえに、よりシビアな現実に直面しやすいのです。

Bさん(当時33歳)はまさにその典型でした。彼は20代半ばで日本の仕事を辞め、中国に渡って現地採用で働き始めました。最初は「中国語も学べるし、伸びている市場でチャンスがあるはず」と楽観的でした。しかし30歳を過ぎた頃、ふと自分の職歴を振り返って冷や汗が出ました。中国では現地採用として営業職を続けていたものの、特に大きな実績も専門スキルもない。日本に帰って再就職しようにも、武器になるものが乏しいのです。「このまま現地で一生やっていく覚悟がないなら、早く日本に戻った方がいいかもしれない」と悩み始めました。実際、ネット上でも「30歳以上で現地で一生骨を埋める覚悟が無いなら止めたほうが良い」という経験者の忠告が見られます。

Bさんは結局34歳で日本に帰国しましたが、待ち受けていたのは厳しい現実でした。語学力と海外経験は評価されつつも、日本での即戦力とみなされる職歴が無かったため、正社員の職を見つけるのに難航したのです。彼はしばらく派遣社員やアルバイトで食いつなぎながら転職活動を続けましたが、その心中には強い後悔がありました。「30代後半でコンビニの派遣バイトをしながら就職活動をしていた時、“浅はかな考えで飛び出した自分”を心の底から後悔した」と彼は当時を振り返ります。かつての同僚たちは国内でキャリアを積み管理職になり始めている頃、自分はゼロからやり直し。逃避先だった海外から帰った後に待つものがどれほど辛いか、身に染みて思い知ったのでした。

もちろん、全ての人がこのようになるわけではありません。若いうちに海外に飛び出し、そのまま現地で成功の軌道に乗る人もいます。Cさん(35歳)は25歳でインドネシアに渡り、一時は苦労したものの現地でMBAを取得しキャリアアップに成功しました。彼は30歳の時点で現地企業のマネージャーに昇格し、年収も日本の同世代を上回る水準に達しました。「30歳で壁にぶつかるかどうかは、その人が20代をどう過ごしたかによる」とCさんは言います。つまり、20代をただ現地で場当たり的に過ごしてしまうと30歳で限界が来るし、20代のうちに先を見据えて動いた人は30歳で飛躍できるということです。

「逃避型現地採用」とは言葉は厳しいですが、要は目的や戦略を持たずに海外に出てしまったケースと言えます。日本が嫌だ、今の仕事が辛い、将来が見えない――そうした負の動機で海外に行くと、一時的に環境は変わっても根本的な課題解決にならない可能性があります。海外にも別の厳しさや構造があるからです。むしろ日本で積めたはずのキャリアを中断してしまった分、数年後に戻るときに不利になる場合もあります。

特に30歳前後は、日本企業でも「ポテンシャル採用」から「即戦力採用」への切り替えが起こる年代です。海外で過ごした数年間が糧になっていればよいですが、そうでなければ日本での再就職は未経験の30代扱いになってしまい、苦戦することになりかねません。

以上の点を踏まえ、「30歳の壁」を迎えても現地に残れる人と、帰国を余儀なくされる人の違いを整理してみましょう。

  • 現地に残れる人: 20代のうちに現地で確かな実績や専門性を築いた人。現地で昇進して管理職クラスになっている、あるいは他社から声がかかるような人材になっている。現地での人脈や生活基盤(永住権取得、現地での家庭など)を築き、今さら日本に戻る必要性が薄い。こうした人は30歳を過ぎても現地でキャリアを伸ばしていくことができます。
  • 帰国・挫折する人: 逃避的に過ごし、現地でのキャリアの軸を作れなかった人。低いポジションのまま年齢だけ重ね、将来の見通しが立たなくなる。または現地での雇用が不安定になり、先行きに不安を感じる。日本に戻って仕切り直そうとしても、年齢相応のキャリアが無く再就職に苦労する。

Jさん(37歳)は後者のケースでした。彼はアジアの国で30歳直前に職を失い、帰国して再起を図ろうとしましたが「海外で遊んでただけ」と見なされ、正社員の職に就くのに大変苦労しました。「現地で鬱になり無職で帰国し…当時の自分の決断を心底悔やんだ」と綴った彼の体験談は、多くの若い海外志向の人々に警鐘を鳴らしています。

ただし、ここで強調しておきたいのは、海外移住や現地採用という選択自体を否定するわけではないということです。重要なのは「逃避」ではなく「前向きな挑戦」として海外に行くことです。逃避型になってしまうと、いざ現地で問題にぶつかったとき「日本から逃げた自分」に自己嫌悪しがちですが、明確な目的を持って出た人は困難にも「これは想定内、ここからが勝負」と向き合えるでしょう。

ですから、今20代で海外就職を目指している方にはぜひ30歳の自分を想像してみて欲しいのです。5年後、10年後に自分はどんなキャリアを築いていたいのか。そのビジョンが描けているなら、海外で得る経験をどう活かすか逆算して動けるはずです。漠然と「海外にいればなんとかなる」という考えでいるなら、一度立ち止まって計画を練り直すべきでしょう。現地で成功する人は、30歳の壁を壁とも思わず乗り越えていきます。次章では、そんな「それでも現地に残る者」について、彼らが持つ資質や条件を探ってみましょう。

第6章|それでも現地に残る者──選ばれし人材の条件

第5章では、逃避型現地採用が挫折しやすいこと、「30歳の壁」で多くの人が試されることを述べました。しかし、その壁を乗り越え、現地に留まりキャリアを伸ばしていく人たちも確かに存在します。ここでは、そうした「選ばれし人材」とも言える現地採用成功者たちの共通点や条件について考えてみます。彼らはいかにして現地の荒野を生き抜き、日本を離れた地で価値を認められる存在になったのでしょうか。

選ばれし現地採用者の一人、Kさん(38歳)を紹介します。Kさんは新卒で入社した日本企業を5年で退職し、30歳手前で東南アジアのタイに渡りました。彼は当時すでに中堅どころのシステムエンジニアとして専門スキルを磨いており、タイの日系IT企業でプロジェクトマネージャー職のオファーを得ての渡航でした。現地採用ではありますが、もともと日本で一定のキャリアを積んできた彼は即戦力として迎えられ、期待以上の成果を次々と上げました。その結果、現地法人の部長に30代半ばで昇進し、現在は現地法人代表(社長)にまで登り詰めています。彼の月給は日本円換算で約80万円にもなり、これは多くの日本人駐在員の水準を凌駕する待遇です。

Kさんのような人材は、まさに現地採用の成功モデルと言えます。では彼の何が特別だったのでしょうか。彼自身や周囲の証言から浮かび上がるキーワードは「高い専門性」「語学力+α」「リーダーシップ」「現地適応力」などです。まず、KさんはITという専門性が非常に高く、日本でも活躍できるほどのスキルを持っていました。そのため現地でも責任あるポジションを任されることができたのです。また語学については、日本語と英語は堪能で、さらに現地語もコミュニケーションに困らないレベルに磨きました。しかし彼が強調するのは「語学力はそれ単体では評価されない。自分の専門スキルにプラスして現地語ができるから価値がある」という点です。まさに彼はその状態を実現していたわけです。

さらに、Kさんは現地の文化やビジネス習慣への適応力が高かったと言えます。現地のスタッフとのチームワークを築き、現地ネットワークにも積極的に参加していました。現地人幹部とも対等に議論し、信頼関係を構築することで「日本人だから下」でも「上」でもなく、一個人として認められるポジションを確立しています。こうした動きは、駐在員にはなかなか真似できない面もあります。というのも、駐在員は数年で帰国する前提のため腰を据えて現地人脈を構築しにくいのですが、現地採用で長く残る人は現地主義でネットワークを張り巡らせる強みがあるからです。

ここで、選ばれし現地採用者に共通する条件をいくつか整理してみましょう。

  • 高度な専門性 or マネジメント能力: 彼らは何らかの分野で突出したスキルや知識を持っています。エンジニア、財務、人事、営業など分野は様々ですが、「この人に任せたい」と思わせる強みがあります。例えば、あるインドネシアの日系企業では現地採用の人が現地法人代表に就任していましたが、その人は若くして頭脳明晰かつストレス耐性もあり、「日本の大企業でも出世するだろう」というレベルだったそうです。つまり、日本でだってエリートになれたはずの人材が、あえて現地で力を発揮しているケースが多いのです。
  • 語学+α: 語学は基本的な武器ですが、それだけではなく専門性を補完するツールとして使いこなしています。ただ通訳のような存在で終わらず、バイリンガル/トリリンガルの専門家として振る舞います。
  • 実績の積み上げ: 逃避型の反対で、前向きにキャリア構築を考えて行動してきています。例えば、「日系企業だけでなく現地企業でも通用する実績を作ろう」「売上○○を達成した」といった数字で語れる成果を積んでいます。これにより、現地での昇進や転職の際に評価されやすくなります。
  • 現地での信頼: 上司や同僚、取引先からの信頼が厚いこと。これは人柄やコミュニケーション力、そして仕事での成果の積み重ねによります。選ばれし人材は、現地のスタッフからも「尊敬できる日本人」と認められている存在です。
  • 長期ビジョン: 彼らは「とりあえず今楽しければいい」ではなく、5年10年先を見据えた動きをしています。たとえば、ある人は将来的に起業するために現地の業界知識と人脈をコツコツ蓄えていたり、別の人は将来欧米企業にも転職できるよう英語資格やMBA取得に励んでいたりします。未来志向でキャリアを考えているのです。

Mさん(35歳)は東欧の国で現地採用ながら部長職に就いています。彼は日本では凡庸なサラリーマンでしたが、海外の大学院に自費留学して現地の高度人材マーケットに飛び込みました。現地でチャンスを掴んだ背景には、「自分はこれで勝負する」という明確な軸があったと言います。それは「データ分析」のスキルでした。日本で働きながら夜間に統計やプログラミングを必死で学び、留学で磨きをかけたこのスキルが評価され、現地企業のデータ部門責任者となったのです。Mさんは言います。「現地に残れる人は、“これで食っていく”ものを持っている人です。なんとなく海外に来ちゃった人は残念だけど淘汰されていく」と。

厳しい言い方ですが、選ばれる現地採用者になるためにはそれくらいの武器と覚悟が必要なのかもしれません。裏を返せば、そうした武器を持つ人には現地でもしっかりチャンスが巡ってくるということでもあります。例えば、日本企業の中でも最近はグローバル化が進み、現地採用でも支社トップに抜擢されることが出てきたといいます。以前は日本人プレミアムで駐在員しかトップになれなかったのが、優秀なら現地採用でも社長になれるケースが増えてきたのです。これはまさに実力が厳しく問われる一方で、競争条件がフェアになりつつあることを意味しています。そういう場面で勝ち残れるのは、やはり選ばれし人材=高い能力と実績を持つ人ということになるでしょう。

また、現地への適応力とコミットメントも重要な条件です。選ばれし人材たちは、現地の文化を尊重し溶け込む努力を怠りません。かといって自分を見失わず、日本人としての良さ(勤勉さや品質意識など)も発揮します。現地スタッフから信頼され、本社からも評価される絶妙なポジションに立てるのは、このバランス感覚ゆえです。加えて、彼らは長く現地に根を張る覚悟があり、場合によっては永住権の取得や家族での移住など、生活基盤も現地にシフトしています。逃げ道を用意せず、「ここで生きる」と決めているからこそ腹が据わり、周囲からも信頼されるのです。

最後に、選ばれし人材の条件として「運も実力のうち」という側面も触れておきます。タイミングよく成長産業に巡り合った、素晴らしいメンターや上司に出会えた、など本人の努力だけでは計らえない要素も当然あります。しかしその運を引き寄せるのも含めて実力と言えるでしょう。常に学び、自身を高め、人との繋がりを大事にしていれば、チャンスはやってきます。そしてチャンスが来たときに掴める準備ができている人こそが「選ばれる側」の人材なのです。

以上を踏まえれば、現地採用として成功し長く活躍するための指針が見えてきます。それは次章のテーマである「優秀な現地採用のキャリア構築法」にもつながっていきます。自分が選ばれる人材になるために、どんなキャリア戦略を取るべきか。次の章で具体的に考えてみましょう。

第7章|優秀な現地採用のキャリア構築法

前章までで、現地採用で成功する人の資質や条件を見てきました。それでは、そのような優秀な現地採用人材になるためには、どのようにキャリアを積み上げていけば良いのでしょうか。この章では、現地採用としてキャリア構築を図る上でのポイントや戦略を具体的に提示します。海外移住を目指す人にとっては「出発前の準備」として、既に現地で働いている人にとっては「今後のステップアップ計画」として、役立つヒントを整理します。

まず大前提として念頭に置きたいのが、現地採用という雇用形態はあくまで手段に過ぎないということです。重要なのは、「自分がどのような人材になりたいか」「何を実現したいか」という軸であり、そのために現地採用という働き方を利用するという発想です。言い換えれば、現地採用で働くこと自体がゴールではないということです。これを履き違えてしまうと、キャリアの軸がぶれてしまいます。例えば「海外で働くこと」が目的化すると、とにかく職種も選ばず内定を取れた会社に飛びつく→ミスマッチに苦しむ、ということになりかねません。実際、現地採用は求人の選択肢が日本国内ほど多くないため、焦って入社を決めてしまうと入社後のミスマッチが起こりやすい構造があります。これを避けるには、「自分にとって何が大事か」を整理した上で会社・職種を選ぶことが肝要です。会社選びについて、先人からは次のようなアドバイスがあります :

  • 「面接ではできる限り質問をし、会社の実情や具体的な仕事内容を理解すること。『入社後は状況に応じて何でもやってもらうよ』という雰囲気の会社は危険で、都合よく使われる可能性が高い。現地採用を使い捨てにしている会社には入るべきではない」
  • 「可能であれば、直接の上司や将来同僚になる人に面接で会わせてもらい、人間関係の雰囲気を掴むこと。小さな組織では上司が合わないと詰むので重要。」
  • 「求人紹介エージェントは複数利用して、少しでも多くの情報を集め選択肢を増やすこと。」

これらは全て、会社選びは慎重にというメッセージです。仮に内定がなかなか出なくても、「他が見つからないからここで妥協」という選び方は後々大きな代償を払うかもしれません。現地採用を積極登用している企業、つまり現地採用でも昇進実績がある企業を選ぶのも一つの戦略です。反対に、現地採用は使い捨てのコストカット要員としか思っていない企業では、いくら成果を出しても雀の涙程度の昇給しか望めず、将来のポジションアップは見込めません。その見極めには、その会社で過去に現地採用の人が出世した例があるかをチェックすると良いでしょう。「これからは現地採用も活用したい」と面接で言われても、実績がなければ絵に描いた餅で終わる可能性が高いです。

次にキャリアパスのルートについて考えます。大きく2つのルートが考えられます :

  • ルート1: 最初から海外で働き、現地で昇進していくルート。
    例:20代で現地採用として海外に行き、その企業や同業他社でキャリアアップを図る。現地採用を積極登用している企業を選び、成果を出して昇格していく。
  • ルート2: 一度日本でキャリアを築いてから海外へ出るルート。
    例:日本で10年程度経験を積み、専門性やマネジメントスキルを身につけてから、30代で現地採用ポジション(管理職等)に転身する。日本での実績を武器に有利な条件で現地就職する。

ルート1は若さを武器に挑戦できますが、リスクもあります。というのも、前述したようにキャリアの土台がないまま海外に行くと、途中で心折れて日本に戻る若者が少なからずいるからです。特に未経験・スキル不足で飛び込む海外転職はリスクが高く、数年で「志半ばで帰国」する人も多いのが実情です。一方ルート2は準備期間が長くなるものの、現地で高待遇のポジション(例えば前章のKさんのようにマネージャーや責任者職)に就ける可能性が高まります。15年近い日本での経験を積めば、現地法人の責任者クラスの求人にも手が届くと指摘されています。

では、どちらが良いかというと、一概には言えません。人によっては20代で柔軟性があるうちに海外で揉まれて成長する方が向いているでしょうし、別の人は日本で専門性をがっちり固めてからの方が成功しやすいでしょう。重要なのは、どちらの道にせよ「自分の市場価値を上げ続ける」という意識です。ルート1を選ぶなら、現地で働きながらも独学や資格取得でスキルを高めたり、社外のネットワークを築いたりといった自己研鑽が不可欠です。ルート2を選ぶなら、日本でダラダラ安定に甘んじるのではなく、「将来海外に出る」を前提に意識的にキャリアを積むことが必要です。例えば「この業務経験は東南アジアでも需要があるだろうか?」と常に問い、武器になるスキルを磨くといった具合です。

次にスキルと知識の拡充について。先にも触れた通り、語学はもはやスタートラインに過ぎません。現地採用になってからも、語学力「以外」の強みを常に意識して磨きましょう。具体的には、以下のようなポイントが挙げられます。

  • 専門スキルを極める: 業務で必要な専門知識・技術は積極的に学び、社内随一のエキスパートを目指す。IT技術、財務会計、マーケティング、エンジニアリング…何でも構いませんが、「○○ならあの人」と頼られる存在になること。
  • マネジメント力の習得: 将来的にチームを率いる立場を目指すなら、リーダーシップやプロジェクト管理のスキルも習得する。小さくてもプロジェクトを任されたら、計画策定からメンバー調整、成果出しまで完遂し、実績として蓄積する。
  • 第三言語の取得: 配属国の現地言語がある場合は、余裕があれば学んでおく。できればビジネス初級〜中級レベルまで習得し、現地スタッフとの直接コミュニケーションに役立てる。ただし専門性を犠牲にしてまでやる必要はなく、優先順位を見極めること。
  • 資格や学位の活用: 分野によっては国際資格(公認会計士、PMP、IT系資格など)やMBA取得が評価に繋がることもあります。勤めながらオンラインでMBAを取得した例もあります。自分のキャリアに有効そうであれば検討する価値ありです。

また、比較対象を常に広く持つことも大切です。日本人現地採用の中だけで一番を目指すのではなく、現地のローカルスタッフや他国からの駐在員とも肩を並べる意識を持ちましょう。そうすることで、自分の強み・弱みがより客観視できますし、「このままではいけない」という危機感も良いモチベーションになります。

さらに、現地採用のキャリア構築には戦略的な転職も時に有効です。最初に入社した会社が必ずしもベストの環境とは限りません。ある程度経験を積んだら、より条件の良い企業や自分が成長できる企業にジョブホップ(転職)することも視野に入れてください。特に外資系やローカル大手企業からオファーが来るようであれば、それはあなたの市場価値が高まっている証拠です。日本のように「転職回数が多いと不利」といった固定観念は、新興国の成長市場では薄れています。むしろよりよい機会に積極的に移っていくのはキャリアアップの常套手段です。

例えば、Lさん(34歳)はタイで現地採用として3社経験しています。最初は日系企業で経験を積み、2社目に外資系に移り給与とポジションを上げ、現在は現地の有力企業で管理職です。彼女は「現地採用だからこそ、同じ会社にしがみつかない方がいい」と話します。「日本人駐在員なら帰任まで待てばいいけど、現地採用は自分で動かないと環境は変わらない。会社側も永遠に面倒を見てはくれないから、自分の市場価値が上がったと思ったらより良い場に移る決断も必要」とのことです。もちろん転職にはリスクも伴うので、見極めと準備は慎重に。在職中から水面下で転職活動をして、良いオファーが確実に得られてから動くのが鉄則です。

最後に、メンタルモデル(考え方)にも触れておきます。海外でキャリアを築くには、主体性と戦略思考が不可欠です。受け身で与えられた仕事だけをしていては、日本人駐在員や現地有能スタッフとの競争に勝てません。「自分は将来この会社でこういうポジションに就きたい、そのためにこれとこれの経験を積もう」「何年後には年収○○に達するよう、このスキルとこの実績を手に入れよう」といったビジョンと目標設定を常にアップデートしてください。また、失敗や困難も多いでしょうが、それらを学びの機会と捉え、自己研鑽に繋げるポジティブな姿勢が大切です。現地採用で優秀と呼ばれる人は、たとえ組織内で不遇な扱いを受けても環境のせいだけにせず、自ら打開策を考え行動しています。第4章で紹介した現地採用者の奮闘例のように、非効率なルールを上司が見て見ぬ振りなら上申してみる、改善に動く、といった主体的な働き方をしていました。結果的に上司と衝突し退職に至ったとしても、それは本人にとって大きな成長であり、次のキャリアへの糧となっています。戦略的かつ前向きなメンタルこそが、キャリア構築の原動力なのです。

以上、優秀な現地採用者が実践しているキャリア構築法をまとめますと:

  • 会社選びは慎重に: 現地採用の登用実績がある会社を選ぶ。妥協せず可能な限り情報収集する。
  • キャリアパス設計: 若く飛び込むor日本で経験後に出る、いずれにせよ市場価値を上げる意識で動く。
  • スキル磨き: 専門性+語学+マネジメントなど、自分の強みを徹底強化する。
  • 転職も活用: 一社に固執せず、より良い機会があれば積極的にキャリアムーブする(要準備・見極め)。
  • 主体的な姿勢: 受け身にならず目標を掲げ、困難にも戦略的・積極的に対処する。学び続ける姿勢を忘れない。

これらを実践できれば、現地採用という立場でも鬼に金棒でしょう。やがては駐在員に勝るとも劣らないキャリアと待遇を掴むことも夢ではありません。その具体例については、次章で現地採用が駐在員以上の待遇を得ているリアルなケースを見てみましょう。

第8章|駐在員を超える待遇を得る現地採用のリアル

ここまでの分析を経て、「駐在員と現地採用の間に厳然たる待遇格差がある」ことを見てきました。では、その格差を覆し、駐在員を超える待遇を手に入れている現地採用者はいるのでしょうか?答えはイエスです。もちろん稀なケースではありますが、確かに存在しますし、近年その可能性は高まっています。本章では、そんな現地採用逆転劇のリアルを探ります。

まず一つの現実として指摘できるのは、円安や日本経済の停滞により、若手に限っては「日本で働くより海外現地の方が稼げる」ケースが出てきたということです。人材紹介会社の報告によれば、近年の円安の影響もあって、タイやフィリピンなどでは20代の日本人であれば日本より現地の方が給与が高い傾向すら見られるとのことです。例えば、日本の新卒〜20代半ばの平均年収(300〜400万円弱)と比べ、タイやフィリピンの一部業種では20代でも日系現地採用で500万円以上を稼ぐ事例が出始めています。これには為替レート要因や、日本の初任給の低さも影響していますが、「海外就職の方が稼げる逆転現象」が起きているのも事実です。特にITエンジニアやデジタルマーケティングなど、国際的に人材需要が高い分野では、日本より高いオファーを出す海外企業も増えています。

しかし、本章のテーマである「駐在員を超える待遇」となると、必要なハードルはもう一段上がります。駐在員の平均年収が800万円〜1000万円というレンジであることを考えると、それを超えるには年収1000万円以上を現地で得る必要があります。この領域は確かに容易ではありませんが、不可能でもありません。実際に、インドネシアでは現地採用で現地法人責任者クラスになれば月給40万〜70万円(手取り)に達すると報告されています。これは年収にして約500万〜800万円に相当し、駐在員平均には少し届かないものの、住宅補助などを考慮すれば同等かそれ以上の可処分所得を得られるケースです。さらに技術系ポジションでも月給40万〜50万円程度の求人は散見されるようで、現地一般社員の数倍にのぼる高給が提示されています。現地の物価水準を考えれば、この収入は非常に裕福な暮らしを可能にします。

Lさん(前述のタイで3社経験した女性)は、現在の年収が約900万円に達しています。これはタイの日本人駐在員の平均に匹敵します。彼女は最初日系企業で年収300万円程度からスタートしましたが、転職を重ねスキルとポジションを上げたことで、結果的に駐在員級の報酬を手にしたのです。彼女が強調するのは「待遇逆転は徐々に起きる」という点です。つまり、一足飛びに駐在員を上回るのではなく、地道にキャリアを積んで相応の役職に就けば、気づけば駐在員以上になっていると。現地採用が駐在員の待遇を超えるには、概ね以下のパターンが考えられます。

  • パターン1: 外資系・現地企業で高ポジションに就く – そもそも日本人駐在員の給与レンジより高い報酬体系の企業に入るケース。欧米系の多国籍企業ではマネージャークラスで年収1000万超も珍しくなく、そこに現地採用で入れれば駐在員以上の収入となる。特にシンガポールや香港などアジア先進地域では、日本企業の駐在員給与より外資の現地採用給与の方が高いことも。
  • パターン2: 日系企業で現地法人トップになる – 日本企業でありながら破格の例として、現地採用の日本人が支社長・社長に登用され、その結果本社部長級並みの給与(1000万以上)を得るケース。最近ではグローバル競争力向上のために現地登用を進める企業もあり、現地採用者が支社トップに抜擢される事例も報告されています。その場合の処遇はもはや駐在員ではなく経営者待遇となるため、大幅な昇給が伴います。
  • パターン3: 個人で事業を起こす – これは会社員ではなくなりますが、現地で起業して成功し、収入面で駐在員など問題にならないくらい稼ぐ人もいます。リスクは高いものの、現地で培った知見と人脈でビジネスを立ち上げ、富を築くパターンです。例えばタイで飲食チェーンを展開して富豪になった日本人などが該当します。

パターン1と2はサラリーマンとしての成功であり、本記事の範囲でもあるので、これらについて少し深掘りします。外資系企業について言えば、語学力と専門性で勝負できる人には非常に魅力的です。例えば英語堪能な財務専門家のNさん(40歳)は、東南アジアのある外資系メーカーに転職し、現地採用ながらCFO(最高財務責任者)に就任しました。年収はUSドル建てで約12万ドル(当時のレートで1300万円超)となり、以前本社から来ていた日本人駐在員を遥かに上回る報酬です。Nさん曰く、「外資は競争条件がフラットなので、自分が結果を出せば国籍関係なく評価してくれる」とのこと。彼は日本企業から外資に転じる際に思い切って高い年収を交渉し、会社側も彼の能力を見込んで受け入れたそうです。同じ会社ではNさんの前任者も日本人現地採用CFOだったとのことで、現地採用で責任あるポジションにつけることを示す一例です。

また、日系企業で現地法人トップになるケース も、一昔前なら考えにくかったですが、最近は完全になくはない話になっています。特に新興国の小規模拠点などでは、「駐在員を送り込むほどでもないので現地採用の優秀な人を責任者に据える」という判断が増えています。先述したインドネシアの例でも、数十人規模の会社で現地採用が代表を務めていたとのこと。その人物は「日本の大企業でも出世するだろう」という優秀さだったわけですが、それが現地で評価され、駐在員を飛び越えてトップになったわけです。こういう企業では、現地採用への待遇も本社水準に準じて支払われるので、自然と年収は高くなります。実際に、インドネシアの現地責任者ポジションの求人では月給40~70 juta(ジュタ。インドネシアルピア100万単位)すなわち40万〜70万円というレンジが提示されていました。これは駐在員平均(手当込み)に匹敵し、現地一般社員の10倍以上という破格です。要求される経験値も高いですが、こうした高待遇の求人が現地採用向けにも存在していることは、希望を感じさせるでしょう。

さらに追い風となっているのが、日本企業自体の意識変化です。グローバル化の中で「日本人プレミアムに頼らない現地化」が唱えられ、優秀であれば現地スタッフや現地採用を登用していこうという動きが(一部ではありますが)出てきています。この場合、従来はガラスの天井に阻まれていた現地採用にもチャンスが巡ってきます。競争条件がフェアになれば、あとは実力勝負です。前章で挙げたような資質を備えた現地採用者であれば、駐在員に劣らない結果を出せるでしょうし、そうなれば待遇も追いついてくる可能性が高まります。逆に言えば、駐在員だから高給という時代が企業側にも維持しにくくなっているのかもしれません。経営効率の観点からも、本社から高コストの駐在員を派遣し続けるより、現地で安定的に貢献している人材を適切に処遇する方が合理的だからです。

とはいえ、現地採用全員が駐在員超えを果たせるわけではありません。そんな甘い世界ではないことは承知でしょう。駐在員超えを果たす現地採用は、現状では「選ばれし中の選ばれし」とも言えます。ただ、それが不可能な夢物語ではないこと、そして少しずつその事例が増えつつあることは確かです。特に20代で海外に出た人が、現地で長く経験を積み30代後半〜40代で大成するパターンは今後もっと増えるでしょう。彼ら彼女らが駐在員以上の存在感と待遇を持って活躍する頃、海外で働く日本人のピラミッド構造にも変化が訪れるかもしれません。

この章の結論として、「現地採用でも駐在員を凌駕する待遇を得ることは可能であり、そのためには優れた実力と戦略、そして時代の波を掴むことが必要」ということが言えます。実際にそれを実現した人たちは、前章までに述べたような努力を重ねてきたエリートたちです。私たち一般の現地採用者にとっては高いハードルに思えるかもしれませんが、彼らの存在は一つの道筋を示しています。そして、その道筋を目指すか否かは個々人の価値観次第です。お金や肩書きより大事なものがある、と考える人もいるでしょうし、まさにそれを目標に頑張る人もいるでしょう。いずれにせよ、自分が望むキャリア・待遇を得るために、ここまで議論してきた構造への深い理解と戦略が重要であることは間違いありません。

次章では、最後のテーマとして「誤解されない現地採用」について考えてみます。現地採用者が周囲から(駐在員や日本にいる人々から)どう見られるかを気にする声もあります。誤ったレッテルを貼られず、自分の価値を正しく伝えるにはどうすべきかを探りましょう。

第9章|“誤解されない現地採用”になるために

現地採用として海外で働く人々は、その肩書きや立場ゆえに様々な偏見や誤解と向き合うことがあります。日本にいる人からは「現地採用って大丈夫なの?キャリアにならないんじゃない?」と思われたり、現地の駐在員からは「どうせ日本で居場所がなくて来たんだろう」と見下されたり…。こうした誤解にさらされるのは不本意ですし、何より本人のモチベーションやメンタルに悪影響を及ぼしかねません。では、“誤解されない現地採用”になるためにはどうすれば良いのでしょうか。この章では、周囲から正当に評価され、誤ったレッテルを貼られないためのポイントを考えてみます。

まず、日本国内にいる人々(友人や家族、あるいは将来帰国転職時の面接官など)からの目線について。彼らの多くは海外就職の実態を詳しく知りません。そのため「現地採用」という言葉のイメージだけで判断しがちです。ありがちな誤解として、

  • 「現地採用=日本で就職できなかった落ちこぼれ」
  • 「現地採用=安月給でキャリアにならない」
  • 「現地採用=遊び半分で海外にいる人」

などがあります。しかし私たちは前章までで、現地採用にも様々な実態があり、一概にそう言えないことを見てきました。誤解を解くには、自分の経験と成果を具体的に伝えることが有効です。単に「海外で働いていました」ではなく、「どんなポジションで何を達成したのか」を語れるようにしておくのです。たとえば、帰国後の転職面接で「現地採用でした」と言うとネガティブに捉えられかねませんが、「ベトナムの現地法人で営業マネージャーとしてチームを率い、前年比150%の売上成長を達成しました」と言えば、聞き手の印象はまるで違います。実績を客観的な数字や事実で示すことで、「現地採用=大したことない」という先入観を打ち消せます。

また、自分のキャリアの文脈をしっかり説明できるようにしましょう。何となく海外に行き何となく働いてました、ではなく、「○○のスキルを磨くため/△△という目標があったため海外でのキャリアを選択し、実際に〜〜を習得・実現しました」という筋道を立てて話せることが重要です。これにより、自分は逃避ではなく挑戦として海外を選んだのだと理解してもらえます。「逃避型現地採用」のレッテルを貼られないように、自らの言動で証明するのです。

身近な例として、Oさん(30歳)はマレーシアで3年間現地採用として働いた後、帰国して日系企業へ再就職しました。周囲から「日本で新卒3年働いた後マレーシアで3年、その後帰国」という経歴に疑問を持たれないか心配していた彼女ですが、実際の面接では自身の経験を熱意とともに語り、ポジティブに評価されました。彼女が強調したのは、「マレーシアでは異文化の中で業務プロセス改善プロジェクトを主導し、○○%の効率化を達成した。その経験で培った適応力とリーダーシップを御社でも活かしたい」という点です。結果、面接官から「海外で揉まれて成長されたんですね」と好印象を持たれ、見事希望のポジションを得ました。つまり、誤解されないためには誤解させない話し方・見せ方が大事ということです。

次に、現地で共に働く駐在員やローカルスタッフからの見られ方について。これもいくつかポイントがあります。駐在員との関係では、前章までで述べたようにどうしても上下の意識が生じやすいですが、それを払拭するにはプロ意識と対等意識を持って接することです。自ら卑下したり遠慮しすぎたりすると、相手も暗黙裡に「下」と扱ってきます。かと言って尊大な態度を取れば反発を買うでしょう。理想は、自分の担当領域においてはプロフェッショナルとして毅然としつつ、協調すべきところは協調することです。

例えば、Pさん(35歳現地採用)は、自社の日本人駐在員から当初あまり相手にされていませんでした。しかし彼は自分の強みである現地の事情通ぶりを活かし、駐在員が知らない市場情報や有力人脈を提供するなど主体的に価値を発揮しました。さらに日本本社とのやりとりでも、単なる翻訳係ではなく自分の意見を整理して付加した上で報告書を作成したりと、プラスアルファの仕事を心掛けました。その結果、駐在員上司から「彼は単なる現地スタッフではなく、頼れる右腕だ」という評価を得るに至りました。Pさんは言います。「現地採用だからといって引け目を感じる必要はない。自分の役割の中でベストを尽くし、むしろ駐在員にはない視点や知見を提供すれば、対等に仕事ができるようになる」と。

現地のローカルスタッフとの関係では、逆に日本人ゆえの誤解に注意です。日本人現地採用は現地人スタッフから見ると「日本人であるがゆえに給料が高いのでは?」「優遇されているのでは?」と映る場合があります。特に日系企業の場合、日本人というだけで管理職だったり、日本語手当が付いたりするので、現地の社員が面白くないと思うこともあるでしょう。これを和らげるには、現地スタッフへのリスペクトと協働姿勢を示すことです。自分ばかり発言せず、彼らの意見を聞き、一緒に成果を出す。功績はチームのおかげだと強調し、陰で支えてくれる現地の同僚に感謝を伝える。こうした基本的な姿勢で、現地スタッフからも「一緒に働きやすい日本人だ」という評価を得られます。そうなれば、「日本人だから偉そう」などという誤解も減っていくでしょう。

また、情報発信の仕方も意外と重要です。SNSで自身の海外生活を発信する際、あまりにキラキラした部分だけを強調すると、「リア充アピールばかりしている」と反感を買うこともあります。特に同僚やコミュニティ内の日本人からは嫉妬半分で見られるリスクもあります。SNS時代だからこそ、自分の発信が周囲にどう受け取られるか配慮が必要です。もちろんプライベートなSNSは自由ですが、公の場で発言するときは謙虚さと客観性を持つと良いでしょう。例えば、海外での成功談を語るときも自慢にならないよう、「恵まれた環境に感謝している」など周囲への敬意を示すだけで印象はだいぶ違います。

さらに、役割の境界を明確にすることも誤解防止に役立ちます。現地採用者の中には、「自分は駐在員ではないのに駐在員的な役割まで期待されて辛い」という声もあります。例えば本社からの無理難題を押し付けられる場合などです。その際、「現地採用だから自分には無理です」と逃げるのではなく、「自分の役割はここまでであり、ここから先は本社の支援が必要です」と論理的に線引きを説明しましょう。「現地採用なんだからできない」と感情的に言うと、「だから現地採用は…」と誤解されますが、役割と現状をきちんと説明すれば相手も納得しやすくなります。期待値コントロールとも言えますが、自らの立ち位置を正しく理解させることが大切です。

最後に、本質的なところですが、自分自身が現地採用であることに引け目を感じないことが最も重要かもしれません。自信なさげにしていると、それは相手にも伝わり、軽んじられる原因になります。逆に自分の仕事に誇りを持ち、胸を張っていれば、多少揶揄する人がいても気にならなくなりますし、自然と周囲も認めざるを得なくなります。前述の「選ばれし現地採用」たちは皆、自分のキャリアに確信とプライドを持っています。そのマインドセットこそが、他人からの誤解や偏見を打ち破る最大の武器になるでしょう。

以上、「誤解されない現地採用」になるためのポイントをまとめます。

  • 日本側への説明力: 自分の経験・実績を具体的に語り、キャリアの文脈を示すことで、ネガティブな先入観を払拭する。
  • プロとしての振る舞い: 駐在員にも現地スタッフにも対等に、しかし礼を尽くして接する。自分の価値を行動で示し、単なる「日本人枠」以上の存在になる。
  • 情報発信の節度: SNS等での発言に配慮し、驕った印象を与えない。周囲への敬意や感謝を忘れず、謙虚さを保つ。
  • 役割の線引き: 自分の職務範囲を明確にし、無理な要求には論理的に対処。現地採用であることを盾にしないが、現実的な限界は説明して理解を得る。

セルフイメージ: 現地採用という立場に誇りを持ち、自信を持って働く。他人の目を過度に恐れず、自分の選択に責任と覚悟を持つ。

これらを実践していけば、周囲から変な誤解を受けることも減り、むしろ「あの人は現地採用だけどすごいね」「信頼できるね」という評価が定着していくでしょう。それが本人の働きやすさとキャリアアップにも繋がります。

では最後に、SNS時代に蔓延する「海外移住幻想」をどう乗り越えるか、総括的に考えてみたいと思います。現地採用として成功するためには、華やかな幻想ではなく冷静な思考が必要です。その心構えについて次章で述べ、結論とします。

第10章|SNS時代の“海外移住幻想”を乗り越える思考法

私たちが生きる現代は、SNSを通じて誰もが手軽に情報発信・収集できる時代です。海外移住や現地採用に関する情報もSNS上に溢れています。しかし、その情報の多くは現実を部分的に切り取ったものであり、時には誇張や虚飾が混じっています。第1章で述べた通り、SNS上には海外生活のキラキラした側面ばかりが流れ、本当の苦労や構造的な課題は語られにくい傾向があります。「海外移住幻想」とは、そんなSNS時代特有のバイアスのかかった理想像と言えましょう。この章では、その幻想を乗り越え、現実的かつ建設的な思考法を持つためのヒントを提供します。

まず大切なのは、意図的に多様な情報源に触れることです。SNSでは自分がフォローする人の投稿ばかり見がちで、情報が偏ります。海外移住成功者のキラキラ投稿だけ見ていると、「みんな楽しくやってる、自分もそうなれるはず」と安易に信じ込んでしまうかもしれません。しかし一歩立ち止まって、裏側のストーリーにも目を向けてみましょう。例えば、現地採用で苦労した人のブログや失敗談、あるいは統計データやニュースなど、ポジティブ・ネガティブ両面の情報を集めることです。本記事のように分析的な視点で書かれた内容や、現地に長年住んでいる人の率直な意見なども参考になるでしょう。SNS上で「現地採用は悲惨だ」「やめとけ」という極端な意見も時折見かけますが、それらも頭ごなしに否定せず、「なぜそう言われるのか?」を読み解く材料にして下さい。その上で、自分なりに真実に近い部分は何かを考えるのです。要は、情報を鵜呑みにせず取捨選択する力が求められます。

次に、自分の内面を見つめる思考法として、「問い」を立てることをお勧めします。海外移住や現地採用に憧れる気持ちが芽生えたら、次のような問いを自問してみましょう。

  • 「自分はなぜ海外で働きたいのか? その目的は何か?」
    (例:キャリアアップのため、新しい環境で挑戦したい、日本が嫌だから逃げたい、など率直に書き出す)
  • 「その目的は海外でなければ達成できないのか? 他の方法はないのか?」
    (例:国内転職や社内異動、留学などとの比較検討)
  • 「希望する海外生活の中で、最悪のケースは何か? 自分はそれに耐えられるか?」
    (例:期待と違う職場環境、収入減、孤独感、健康問題、帰国時の苦労 などをシミュレーション)
  • 「5年後10年後、自分はどうなっていたいか? そのために海外経験はどう位置づけられるか?」
    (例:将来どんなキャリア・生活を望むか。その実現に海外経験が役立つかどうか)

これらの問いへの答えを紙に書き出すだけでも、頭の中が整理され、幻想と現実のギャップが浮き彫りになります。もし答えに詰まったり、「実は目的が漠然としているな」と気づいたら、一度立ち止まる良いきっかけです。一方、問いに対して明確な答えが出せるなら、それは強い動機となり行動の指針になるでしょう。

実際、海外移住のベテランたちは口を揃えて言います。「海外に行けば何とかなる、なんてことはない。むしろ自分自身が何とかしないと何ともならない」と。要するに、場所を変えても自分が変わらなければ状況は劇的には変化しないということです。これは海外に限らず人生一般の真理でもありますが、海外移住幻想に囚われているときはこの単純な事実を見落としがちです。海外に行けば英語ペラペラになれる、働き方が楽になる、人間関係がさっぱりする…そのような期待は多くの場合裏切られます。英語力一つとっても、現地に行くだけで伸びる人ばかりではなく、努力しない限り上達しないものです。働き方も、日本以上にハードな環境だったりしますし、人間関係も前述のように日本人コミュニティの複雑さやカルチャーギャップで悩むかもしれません。「結局、どこに行っても自分次第」なのだと肝に銘じることが、幻想を打ち破る第一歩です。

とはいえ、海外で挑戦すること自体は素晴らしい経験になり得ます。大事なのは、根拠のない万能感や過度の楽観を戒めることです。代わりに、構造を理解し戦略を練る冷静さを持ちましょう。これまで述べてきたように、海外で働く際には駐在員と現地採用の構造的な違い、日本人コミュニティのヒエラルキー、キャリア構築上のリスクとチャンスなど、多くの要素を考慮に入れる必要があります。それらを知らずに飛び込むか、理解した上で飛び込むかで、結果は大きく異なるでしょう。

SNS時代に求められる思考法は、メタ認知とも言えます。つまり、一歩引いた視点から自分や情報を眺め、「本当にそうか?」と問い直す姿勢です。例えば、Twitterで「海外最高!年収○○万!」という投稿を見たら、「この人はどういう背景なんだろう?特別なスキルがあるのかな?自分にも再現可能な話かな?」と疑問を持ってみる。Instagramでリゾートホテルの写真を上げている駐在妻アカウントを見たら、「華やかだけど、家族で海外に帯同する苦労もあるだろうな」と想像してみる。そうやって情報をそのまま信じ込まず、自分の頭で咀嚼する習慣をつけることです。

また、失敗談から学ぶことも重要です。成功談は表に出やすいですが、失敗談は探さないとなかなか出会いません。本記事でもいくつか紹介しましたが、現地採用で鬱になって帰国した例 や、日本に戻って苦労した例 など、そういった話にも耳を傾けることで、「自分はそうならないためにどうすべきか」を考えるヒントになります。決してネガティブになる必要はありませんが、最悪を想定しつつ、最高を目指すという二面性のある思考がリスク管理には欠かせません。

最後に、心構えとして「構造を知った上で希望を持つ」ことを提唱したいと思います。これまで読んできて、「海外で働くのはそんなに大変なのか…」と不安になった方もいるかもしれません。しかし、構造や現実を知ることは決して夢を壊すためではなく、むしろ夢を実現可能なプランにするためのステップなのです。幻想のままでは夢は叶いませんが、現実を踏まえて計画を立てれば、夢は具体的な目標へと姿を変えます。SNSの幻想に流されず、かといって悲観主義に陥るでもなく、冷静な目と熱い志を両立させてください。

海外移住幻想を乗り越える思考法をまとめれば、

  • 情報リテラシー: SNS情報に踊らされず、多面的な情報収集と思考で実像を掴む。
  • 自己問答: 自分の動機・目的・リスクに向き合い、問いを立てて内省する。
  • 現実直視: どこに行っても自分次第という真理を理解し、場所に期待を依存しすぎない。
  • 戦略思考: 構造を理解してキャリアプランを練り、夢を戦略に落とし込む。
  • ポジティブ現実主義: 現実を見据えつつ前向きに捉える。悲観と楽観のバランスを取る。

この思考法が身につけば、海外移住・現地採用に限らず、どんな環境でも柔軟に対応し、自分の望む未来を切り拓いていけるでしょう。

結論|幻想ではなく構造を理解せよ

長い記事となりましたが、最後に本稿の要点を振り返り、結論を述べたいと思います。

「現地採用の成功と失敗──SNSが語らない“階層構造”の真実」をテーマに、ここまで以下のような内容を展開してきました。

  • プロローグ: SNSにおける海外生活の発信は偏りがちであり、華やかな情報の裏に隠れた真実(階層構造)が見落とされていること。
  • 第1章: 海外移住の本質は新たな社会・組織の階層構造に組み込まれることであり、「海外に行けば自由になれる」という単純な話ではないこと。
  • 第2章: 海外の日本人コミュニティ内部にも駐在員と現地採用のピラミッド構造が存在し、見えない序列が人間関係に影響していること。
  • 第3章: 駐在員は企業から手厚い待遇を受ける「貴族階級」であり、現地採用との待遇格差や意識ギャップが大きいこと。
  • 第4章: 現地採用は年功序列のない実力主義の荒野であり、成果次第でチャンスも掴めるが、同時に板挟みのストレスや社会保障の薄さなどの厳しさがあること。
  • 第5章: 目的なく逃げるように海外に出る「逃避型現地採用」は、30歳前後で壁に突き当たり挫折しやすいこと。
  • 第6章: それでも現地に残り成功する人たちは、高い専門性や適応力、強い覚悟など「選ばれし」資質を備えていること。
  • 第7章: 優秀な現地採用者になるには、会社選びからスキル磨き、転職活用まで戦略的にキャリアを構築し、主体的に動くことが必要であること。
  • 第8章: 一部の現地採用者は駐在員を超える待遇を実現しており、それは外資系での高ポジションや日系企業での現地登用などによって可能になりつつあること。
  • 第9章: 「誤解されない現地採用」になるためには、自分の実績を示しプロ意識を持って働き、情報発信や立ち居振る舞いにも配慮して偏見を払拭すること。
  • 第10章: SNS時代の海外移住幻想を乗り越えるには、情報を鵜呑みにせず構造を理解し、自らの頭で計画を練る冷静な思考法が必要であること。

以上のように、本記事を通して一貫して伝えたかったのは、「幻想ではなく構造を理解せよ」というメッセージです。

海外移住や現地採用という選択肢には、大いなるロマンがあります。新天地でゼロから挑戦するのは人生を豊かにするでしょうし、多様な経験は財産となるでしょう。しかし、そのロマンを語る裏側には、SNSには載らない地道な努力や厳しい現実が横たわっています。それを知らずに飛び込めば、失望や挫折を味わうリスクが高まります。一方、事前に構造を理解し、戦略と覚悟を持って臨めば、困難に出会っても「やっぱり来たか」と落ち着いて対処でき、成功への確率も上がるでしょう。

構造を理解するとは、つまり「何が自分の人生やキャリアに影響を与えるのか、その力学を知る」ことです。現地採用の場合、駐在員制度という企業の仕組み、現地社会の階層、労働市場の需給、文化的な差異…様々な要因が絡みます。これらを単なる運命として受け入れるのではなく、一つ一つ分析し、自分が取るべき行動を選択していく。それが構造を利用するということでもあります。本稿で挙げた成功例の人々は、まさに無意識か意識的か、そのように行動していました。

逆に、幻想に囚われるとは「自分に都合の良いストーリーだけを信じる」ことです。海外で楽に稼げる、英語なんて現地でどうにかなる、嫌な上司から逃げられる…残念ながらそう都合よくはいきません。幻想は心地よいですが脆く、現実の荒波の前では簡単に崩れ去ります。そして幻想が壊れたとき、人は現実を直視していなかった自分自身に大きなダメージを負ってしまいます。それを避けるためにも、「構造を理解する」という地に足の着いたアプローチが必要なのです。

最後に、対象読者である「海外移住を検討している日本人」および「現地採用として働く層」の皆さんにエールを送ります。海外で働くことは決して楽な道ではありません。日本での当たり前が通用せず、アイデンティティさえ揺さぶられる経験をするかもしれません。しかし、それでも異国で挑戦することには計り知れない価値があります。多様な価値観に触れ、人間的にも成長できるでしょうし、自分の可能性を切り開くチャンスも掴めます。その過程で悩んだり迷ったりしたとき、本記事で述べたような社会構造や先人の知恵が皆さんの助けになれば幸いです。

どうかSNSの表面だけに惑わされず、現実を直視しつつも前向きに、あなた自身の海外移住ストーリーを描いてください。幻想ではなく構造を理解し、構造を乗りこなすことで、きっとあなたの海外キャリアは充実した実り多いものになることでしょう。健闘を祈ります!

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