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失敗しても戻ってくる人は、なぜ戻ってこられるのか―― 再起を決めるのは才能ではなく「再レバレッジ能力」である

事業の失敗そのものが人を強くするわけではない。

再起できる人とは、
失敗後も残った人的資本をテコに、
再び資源を動員できる
「再レバレッジ能力」を持つ人である。

そして、その再起可能性は個人の能力だけでなく、
社会のスティグマや制度環境によって大きく左右される。

要点(この記事でわかること)

  • 失敗経験は成功確率を高めない
    データでは、失敗した起業家の次回成功率は初回起業家とほぼ同じ。
  • 復活とは「お金が戻ること」ではない
    本質は 再び資源を動員できる状態に戻ること
  • 起業家の資本は4種類に分けられる
    • 金融資本(お金)
    • 人的資本(能力・経験)
    • 社会関係資本(人脈・信用)
    • 物語資本(経験を語る力)
  • 失敗で失われるのは主に 金融資本
  • しかし 人的資本・社会関係資本・物語資本は残ることが多い
  • 復活者の本質は残存資本を再び増幅させる「再レバレッジ能力」
  • レバレッジには4種類ある
    • 金融レバレッジ(他人資本)
    • 人的レバレッジ(優秀な人材を動かす)
    • ネットワークレバレッジ(紹介・信用)
    • メディアレバレッジ(注目を案件化)
  • 失敗経験の価値は認知の較正(過剰な楽観の修正)と物語化能力にある
  • しかし再起は能力だけでは決まらない
  • スティグマ・情報可視性・制度摩擦が大きく影響する
  • 日本は文化・制度ともに再起が難しい環境である
目次

序章|なぜ「終わったはずの人」が戻ってくるのか

「もう終わった人」と世間から見なされた起業家が、再び舞台に戻ってくるのはなぜだろうか。大きな事業失敗を経験した人物が、いつの間にか新たな資金や仲間を集め、再度チャレンジして成功を収める例がある。一般には彼らは一度転落した「落伍者」に見える。しかし経済的な視点から言えば、彼らは本当に“ゼロ”になっていたのだろうか。それとも、失敗後にも何か資源を残し、それを糧にカムバックしているのだろうか。本稿は特定の人物を称賛したり批判したりするものではない。事業失敗からの復活という現象の背景にある構造を分析し、そのメカニズムを解明する試みである。

鍵となる命題は次の通りだ。失敗そのものは単なる一度きりのイベントにすぎず、復活できるか否かは「構造」の問題である。つまり、事業に失敗した経験そのものが人を強くするわけではない。失敗後にも手元に残った人的資本(スキルや知見など)を、社会関係資本(人脈や信用)、物語資本(自身のストーリー化能力)、そして制度環境といった要因を通じて再びテコ入れ(レバレッジ)できるかどうかが、再起を決めるのだ。本稿ではこの視点から、なぜ一部の「終わったはずの人」が戻ってこられるのか、その理由を段階的に解き明かしていく。

第1章|まず生存バイアスを認める――失敗したから強い、は神話である

はじめに断っておきたいのは、「失敗した人の方が強い」「失敗を経験した起業家は次に成功しやすい」といった俗説には生存バイアスが潜んでいるということである。目につくのは失敗から立ち直った成功者だが、そこに至るまでには再起できずに消えていった多くの失敗者がいる。「失敗は成功の母」と無条件に信奉するのは危険だ。

実際、米国のベンチャー企業を対象に行われた有名なNBERの研究では、VC(ベンチャーキャピタル)による支援を受けた連続起業家の成功確率を分析している。その結果、前回ベンチャーで成功を収めた起業家が次回も成功する確率は30.6%と高い一方、前回失敗した起業家の次回成功率は22.1%にとどまり、初めて起業する人の成功率20.9%と大差ないことが示された。つまり、一度成功した経験は次の成功に大きく寄与するが、単に失敗を経験しただけでは次に成功する保証はほとんどないのだ。このデータから分かるのは、「経験それ自体」が魔法のように作用するわけではなく、前回成功者が強いのはスキルやネットワークといった要因で最初から選抜された集団だからだということである。前回失敗組の成功率が新人とほぼ同等である事実は、失敗経験そのものが自動的に資産に変わるわけではないことを雄弁に物語っている。

重要なのは、生存バイアスを取り除いて問い直すことである。すなわち、「失敗経験がある人はなぜ成功しやすいのか」ではなく、なぜ失敗経験者の中でも一部だけが再起できるのかを問うべきなのだ。失敗した人すべてが強いわけではなく、その中で復活する少数者には何らかの特別な要因が働いている。失敗は自動的に資産にならない。しかしそれでも復活する者たちには、説明可能な形で何らかの資本が残存していると考えられる。本稿ではその「残存資本」と「再レバレッジ能力」に焦点を当て、再起の構造を解明していく。

第2章|「復活」とは何かを定義し直す――お金が戻ることではなく資源動員力が戻ること

そもそも本稿で言う「復活(再起)」とは何かを明確にしておきたい。一般には事業に失敗した起業家が再び純資産を回復したり、新たなビジネスでお金を稼げるようになることを「復活」と呼びがちだ。しかしここでは金銭面だけの回復ではなく、もう一度「資源を動員できる状態」に戻ることを「復活」と定義する。資源とは、事業を成し遂げるために必要な様々な資本のことである。

具体的には、資本を次の4つに分類すると分かりやすい。

  • 金融資本
    現金、株式、不動産など純粋なお金に換金可能な資産。
  • 人的資本
    知識、スキル、判断力、交渉力、資金調達力など、その人自身に備わった能力や経験値。
  • 社会関係資本
    人脈、紹介ルート、社会的な信用のネットワーク。誰を知っているか、誰から信頼されているかといった資本。
  • 物語資本
    自身の経験を語る力、特に失敗経験を市場や周囲に納得可能な物語として説明する能力。レピュテーションやブランドとも言い換えられる。

事業の失敗はまず第一に金融資本を毀損する。投じたお金が失われ、借金が残ることも多い。しかし、人的資本・社会関係資本・物語資本までがすべて失われるとは限らない。復活とは、失敗で減じた金融資本を残りの3つの資本を梃子にもう一度取り戻せる状態に復することだと言える。極端な言い方をすれば、一文無しになっても、人としての能力・知見・信用・語りが残っており、それらを駆使して再び金・人・チャンス・信用を集められるようになることが「復活」だという定義である。

この定義に立てば、失敗からの再起を見る際に着目すべきは4つの資本のどれが壊れ、どれが残ったのかという点になる。金融資本は散逸しても、人的資本・社会関係資本・物語資本が無傷であれば、再度金融資本を呼び戻すことも可能だ。逆にお金は残っていても、信頼や評判が地に落ち、人脈が途絶え、本人のスキルが時代遅れになっていれば、新たな挑戦に必要なリソースは集まらない。復活とは、失ったお金そのものを取り戻すことではなく、自分自身が持つ能力や繋がり、そして語りの力によって改めて資源を結集できる状態に復帰することなのである。

第3章|失敗後にも残るもの――「残存人的資本」という見えない資産

では、事業が失敗しても失われずに残るものとは何だろうか。ここで鍵になるのが「残存人的資本」という概念である。人的資本とは先に述べたように知識やスキル、経験、判断力といった人が持つ資産のことだ。大きな失敗を経験しても、それまでに培った人的資本が消え去るわけではない。むしろ失敗という極限状況をくぐり抜ける中で、凡百のビジネスパーソンにはない特殊な経験値が蓄積されている可能性がある。

失敗によっても奪われずに残る人的資本の例を挙げてみよう。例えば、大規模な意思決定を下した経験や、修羅場における判断力は貴重だ。資金繰りが逼迫する中での調整交渉、法務問題への対処、組織の火消し対応といった危機管理のスキルも身についただろう。また、リスクに対する生々しい身体感覚——何が本当に生死を分けるリスクかを肌で理解する感覚——も得られているかもしれない。さらにゼロから資金を生み出すビジネス構造への深い理解も培われているだろう。要するに、大金を溶かした経験そのものよりも、そこで何を学び取ったかという「人的な経験値」こそが、失敗後にも形として残るのである。

この残存人的資本の価値は、データでも裏付けられている。ハーバード・ビジネス・スクールの研究者らによる2022年のNBER論文「Failing Just Fine」では、VC支援を受けた起業家のキャリアパスを追跡している。その結果、起業家志望者は創業前から同世代・同程度の学歴の人々よりもキャリアの進行が早く、起業後にスタートアップを退出した後も、同世代の「創業前の同僚」より約3年分も上級のポジションに就職することが示された。注目すべきは、失敗した創業者であっても、同期間における同僚のキャリア到達点より高いシニア職に就く傾向が確認された点である。つまり、たとえスタートアップが失敗に終わっても、創業者が持つ人的資本は同世代平均と比べて依然高く評価されており、労働市場で有利に働いているのだ。このことはお金を失ったことと、その人自身の能力まで失われたことは同義ではないことを示唆している。

まとめれば、巨額の資金を失ったとしても、それまでの経験で培った知見・スキル・判断力といった人的資本は依然として本人の中に残存している。失敗から復活する者は、まさにこの「なくなっても失わないもの」を糧にしていると言えるだろう。金を失ったことと、金を生み出す能力を失ったことはイコールではない。残った人的資本という見えない資産こそが、再起の土台となっているのである。

第4章|復活の核心は「再レバレッジ能力」である――彼らは何を知っているのか

残存資本があることは再起の必要条件だが、それだけでは十分条件ではない。多くの起業家が何らかのスキルや経験を残して失敗から退場していく中で、一部の人だけが戻ってこられるのはなぜか。そこには「再レバレッジ能力」という概念を導入することで説明できる。

レバレッジ(てこ)とは本来、金融では自己資本に対する借入金の比率を指すが、ここではより広義に「自分以外のリソース(資本・人材・信用・注目)を動員して価値を増幅させる能力」を意味する。起業家が成果を上げるには、自分一人の力だけでは不十分であり、周囲のあらゆるリソースを梃子として活用する必要がある。具体的にはレバレッジには次の4種類がある。

  1. 金融レバレッジ
    自分以外の資本を使う力。他人のお金(借入や出資)を引きつけて事業を拡大する能力。
  2. 人的レバレッジ
    優秀な他者を動かす力。仲間や従業員、パートナーの能力を引き出し、自分以上の成果を上げる組織やチームを作る力。
  3. ネットワーク・レバレッジ
    紹介と信用を流通させる力。人脈を介して通常なら届かない顧客や投資家にリーチしたり、信頼の連鎖でビジネスチャンスを獲得する能力。
  4. メディア・レバレッジ
    知名度や情報発信力を案件化する力。自身の発信や評判を通じて世間の注目を集め、それをビジネスの追い風に変える能力。

これらはすべて、起業家が自分の持つ資源以上のものを操るためのスキルと言える。実際、著名な起業家たちは借入やベンチャー投資を活用し(金融レバレッジ)、優秀な人材を集め(人的レバレッジ)、強力なネットワークにアクセスし(ネットワーク・レバレッジ)、話題性やパブリシティを武器にする(メディア・レバレッジ)ことで成功への道を切り拓いている。

しかし本当に重要なのは、失敗後にも再びこれらのレバレッジを利かせられるかどうかだ。単にレバレッジの存在を知っているとか、かつて上手く使った経験があるというだけでは不十分である。事業に一度失敗すると信用は傷つき、人脈も離散し、資金調達も難しくなる。その状況下で、改めて他人の資本を使い、人を巻き込み、ネットワークを動かし、注目を集める――これが「再レバレッジ能力」である。

結局のところ、失敗から復活する起業家とは、一度失った後に再び資源を引き寄せ増幅できる人なのだ。彼らは莫大な自己資産を持つ資産家というより、自分以外のリソースをもう一度集められる人である。言い換えれば、才能やカリスマ性というより、残存人的資本をテコに新たなレバレッジを働かせる技術こそが、復活者の真の強みなのである。

第5章|失敗は何を学習させるのか――認知の較正と物語化能力

失敗経験には価値がある、とよく言われる。だが、それは自動的に価値が生まれるわけではなく、適切に学習され翻訳されて初めて意味を持つ。ここでは失敗がもたらす認知面での変化と、それを他者に伝える物語化能力という二つの観点から、失敗経験の効用を考えてみよう。

まず認知面、つまり起業家の判断・意思決定におけるバイアスの較正という点である。起業家は一般に平均よりも楽天的・自信過剰だと言われる。楽観的だからこそリスクを恐れず創業に踏み切れる面もあるが、過度の楽観は事業失敗の一因にもなりうる。では、一度失敗を経験すると人は慎重になるのだろうか? これについて興味深い研究結果がある。Journal of Business Venturingに掲載された研究によれば、事業失敗の経験がある起業家は、他者と比べて自分はうまくやれるという「比較楽観性」を持ちにくくなることが示された。576名の英国の起業家を調査したこの研究では、特に複数事業を同時並行で行うポートフォリオ起業家の場合、失敗経験後にこの比較楽観性(自分だけは失敗しないという信念)が低下する傾向が確認されている。一方で一社ずつ連続して起業するシリアル起業家では、必ずしも楽観性が修正されないケースもあるという。とはいえ全体として、失敗経験は起業家の過剰な楽観バイアスを和らげ、現実的な認知へと較正する効果を持ちうるようだ。失敗は万能薬ではないが、一部の人にとっては判断閾値を適正化し、次の挑戦でより慎重かつ的確な意思決定を下す助けとなっている。

次に物語化能力についてである。失敗からの復活には、学んだ教訓を胸に秘めておくだけでなく、それを周囲に理解可能なストーリーとして語れることが必要だ。人は誰でも失敗したくはないし、失敗者にネガティブな感情を抱きやすい。しかし、失敗者自身がその経験をどう語るかによって、周囲の受け止め方は大きく変わる。例えば、スタートアップを失敗させた創業者が新たな共同創業者を募る場合を考えてみよう。ただ「前回は自分の力不足で失敗しました」とネガティブ一辺倒で語れば、聴き手は尻込みするかもしれない。逆に「失敗なんて大したことない、次は必ず成功する」とポジティブ一辺倒でも、楽観的すぎて学習していないように見えるだろう。では、どう語ればよいのか。

近年のReview of Managerial Science誌に掲載された実験研究は興味深い示唆を与えてくれる。それによると、失敗体験を語る際にネガティブな感情だけでなくポジティブな感情も織り交ぜた「感情の両面」を含む語り方をしたほうが、次のスタートアップに対する潜在的共同創業者からの魅力度評価が高まることが明らかになった。簡単に言えば、失敗の辛さや反省点も正直に認めつつ、そこから何を学び前向きに活かすかという展望も示す――その両面を含む物語が周囲に最も響くというのである。この実験では、純粋に否定的な感情のみの失敗談や、逆にポジティブな感情だけで美化した失敗談と比べて、ネガとポジ双方の感情を盛り込んだ失敗物語が「この人と組みたい」と思わせる魅力を最大化したという。

これらの知見が示すのは、失敗そのものは価値ではなく、そこから何を学びどう語るかで初めて価値になるということである。失敗経験はそれ自体ではただの過去の出来事だ。しかし、それを内省して教訓を引き出し、自身の認知をアップデートし、さらに他者に伝わる形に翻訳(トランスレート)して提示できたとき、初めてそれは人的資本や社会的資本の一部として機能する。復活者は単に失敗を経験した人ではなく、失敗から学習し、それを資本化(キャピタライズ)できた人なのだ。

第6章|能力があっても戻れない理由――スティグマ、情報可視性、制度摩擦

ここまで、主に個人側の資質や能力に注目して議論を進めてきた。しかし忘れてはならないのは、どれほど本人に実力があっても再起が難しい場合があるという点だ。その理由は、個人の能力というよりむしろ環境側の要因に求められる。具体的には、失敗に対するスティグマ(汚名)と過去の失敗情報の可視性、そしてそれらに起因する制度的摩擦である。

多くの国や社会では、企業の失敗に対して大小様々なスティグマが存在する。失敗した起業家を「能力がなかった」「信用できない」と見なし、再挑戦に冷たい視線を向ける文化も根強い。また現代では、倒産や破産の情報が信用情報機関やネットで容易にアクセスできる。つまり「世間が失敗者に厳しい」上に「その失敗歴が筒抜け」という環境では、どんな有能な人でも新たな資源へのアクセスは難しくなる。

理論研究では、この状況を「ハイ・スティグマ&ハイ・ビジビリティ(高い汚名と高い情報可視性)の環境」として定式化している。そのような環境下では、失敗した起業家は社会的に強い圧力を受け、結果的に起業の世界から退場してしまう傾向が高まるという。具体的には、人々が失敗者に非寛容で、失敗した事実と個人が容易に紐付けられるような制度では、失敗者は必要な人的・社会的・金融的資本へのアクセスを断たれ、「二度と挑戦などするものか」と起業活動から離れてしまうケースが多くなる。このように、能力とは無関係に、信用を再構築する回路が社会的・制度的に塞がれてしまうことが、再起を阻む大きな理由となる。

この点を示す実証的な研究として、フランスでの興味深い自然実験がある。フランスでは2013年まで、中小企業の経営者が倒産した場合、その事実が個人信用情報(FIBENスコア)に3年間「フラグ」として銀行に共有されていた。これは言わば「失敗者」の烙印を押す制度だったが、2013年の政策変更で非不正な清算に限りそのフラグが廃止された。バンク・ド・フランスの研究チームはこの制度変更を利用し、フラグの有無が起業家の再起に与える影響を分析した。その結果、フラグが消えたことで失敗した起業家が再起業する確率が有意に上昇し、さらには既存事業での銀行借入額も増加、借入金利も低下することが明らかになった。興味深いのは、銀行側はコストを払えば依然として倒産情報にアクセスできたにもかかわらず、フラグという顕著な烙印がなくなるだけで融資態度が軟化した点だ。要するに、失敗情報が容易に見えなくなるだけで、経済主体の行動(融資判断や起業再挑戦)は大きく変わり得るということである。これは裏を返せば、失敗の烙印があまりにも明確かつ強烈な環境では、本来再挑戦できるはずの起業家が機会を失っている可能性を示唆する。

さらに見過ごせないのは、制度や文化による偏った扱いである。同じ能力・同じ実績でも、属性の違いで再起のハードルが変わることがある。その一例がジェンダーの差だ。2025年のNBER研究によれば、男女共同創業したスタートアップが失敗した後、男性はその失敗にもかかわらず次の資金調達で有利な扱いを受ける一方、女性は著しく不利になることがデータで示された。具体的には、同じ会社を経営して失敗した男女で比較すると、女性起業家は次のスタートアップでベンチャー資金を調達できる確率が男性より約22〜30%低く、調達できてもその額は男性の半分程度(53%少ない)にとどまったという。驚くべきことに、成功した場合でさえ男性の方がその後有利で、失敗の場合は男性はむしろ投資家から「経験を積んだ」と見なされ平均より大きな資金を調達していた、という報告さえある。この結果は、再起が真のメリットや能力だけで決まるわけではなく、投資家や社会のバイアスによって左右されることを物語っている。

以上を踏まえると、「立ち直れないのは本人に価値がないからだ」と一概には言えないことが明白だ。残存資本を再び信用に転換する回路が、社会的スティグマや制度的障壁によって塞がれている場合、どんな有能な起業家でも再起は困難なのである。再起可能性は個人の能力 × 制度環境の積で決まり、能力があっても環境要因が0に近ければ結果も0に近くなる。逆に環境に恵まれれば、多少能力が劣っていても再挑戦のチャンスは巡ってくるだろう。復活劇の裏側には、このような環境と個人の相互作用があることを忘れてはならない。

第7章|なぜ日本ではこの問題がより重いのか――日本は「再起が難しく見える国」である

最後に、日本という文脈で考えてみたい。実は、日本は起業家の再起が特に難しい国だと言われている。文化的にも制度的にも、失敗に厳しい環境が存在し、「一度失敗したら終わり」という空気が他国に比べて濃厚だとの指摘が多い。

グローバルな調査データもそれを裏付ける。例えば、世界的な起業家精神の調査であるGEM(Global Entrepreneurship Monitor)の2023年版によれば、日本は「社会・文化的規範が起業を後押しする度合い」の項目で、調査対象49か国中47位という極めて低い順位だった。これは日本社会では起業に対する肯定的な文化や、失敗への許容が著しく乏しいことを示唆している。同様に、OECDがまとめた各国比較でも、日本人の「失敗した起業家にも再挑戦の機会が与えられるべきだ」という意識は加盟国中でも下位である。実際、OECD経済審査(2017年)の報告書では、「失敗に対するスティグマを和らげ、失敗した起業家にセカンドチャンスを与えるべきだ」と明記されており、日本では「失敗した起業家にも再挑戦すべき」という考えに同意する人の割合がOECDで2番目に低いと指摘された。さらに同報告書は、日本における再起支援の具体策として個人保証の慣行を見直し、個人破産制度の過度な厳しさを緩和する必要性にも言及している。

では、日本の制度面ではどのようなハードルがあるのか。その一つが個人保証の問題だ。日本では中小企業向け融資の際、経営者が個人資産で借入を保証する「個人保証」が長年慣行として根付いてきた。これが起業家にとって失敗時の重い枷となってきた。しかし近年、ようやく改善の兆しも見えている。政府はスタートアップ支援策の中で個人保証依存の緩和を打ち出し、金融庁もガイドライン改定によって金融機関に個人保証を求めない融資姿勢を促している。実際、2023年の金融庁の発表では、事業清算時のガイドラインについて「事業の早期終了手続きを開始すれば、保証人の残存資産が増える可能性がある」ことを明示し、経営者が早期に金融機関へ相談しやすくすることで円滑な保証債務整理を促進する方針を示した。これは裏を返せば、従来はズルズルと事業を引き延ばし、結果的に保証人である経営者の私財が根こそぎ処分されるケースが多かったことへの反省だ。早めに畳めばやり直しのための資産が多少なりとも残るはずなのに、それを阻んでいた制度・文化上の要因を改善しようという試みである。

さらに文化的側面では、「失敗は恥」「石にかじりついても倒産だけは避けよ」という旧来的な価値観が依然根強い。OECDも指摘するように、日本では「一度失敗した起業家はもう信用されない」という社会通念が、起業の敷居を上げ再挑戦を難しくしている。こうした通念が変わらない限り、どれほど能力ある起業家でも一度の失敗で埋もれてしまいかねない。逆に言えば、日本で復活を遂げる起業家は、他国以上に困難なゲームをクリアしているとも言える。環境がハードモードである分、そこを乗り越えるには本人の資質に加えて相当の運や工夫、周囲の助けが必要だろう。

要するに、日本では再起の難しさは個人の問題である前に、文化と制度の問題でもある。だからこそ我々社会全体として、起業家が失敗から立ち直りやすい土壌を育むことが重要だ。それは単に優しい社会を作るという道徳的な話ではなく、結果的にチャレンジを促しイノベーションを生むという経済合理的なメリットにもつながる。近年の政策や風潮は少しずつ変わりつつあるが、依然として日本は「再起が難しく見える国」であるという現実を踏まえ、環境整備を進める必要があるだろう。

終章|何を失い、何を失わないのか――再起する人の共通式

事業に失敗した起業家の中から一部の者が見事にカムバックを果たす。その現象の裏に何があるのか、本稿は構造的な視点から論じてきた。結論として浮かび上がるのは、復活者たちに共通する要因は「失敗歴」そのものではなく、「残存人的資本」と「再レバレッジ能力」、そして「信用の再構築力」であるという点だ。彼らは失敗を礼賛することなく、しかし失敗によって自らのすべてが終わったわけでもないことを知っている。むしろ、失ってもなお失わなかったものをてこに、再び自分自身を資本化する術を持っている。

最後に、再起可能性をひとつの式に表して示そう。

再起可能性 = 残存人的資本 × 再レバレッジ能力 × 信用再構築力 ÷ 制度摩擦

この式が意味するところは、本人にどれだけ能力や経験(人的資本)が残っていようと、それを再び他者の資源と結びつけ増幅する力(レバレッジ能力)が必要であり、さらに損なわれた信用を取り戻す努力が欠かせないということである。その上で、制度的・文化的な摩擦(スティグマや環境の壁)が小さいほどその再起可能性は高まる。一方で環境要因の阻害が大きければ、いかに本人が努力しても再起は困難になる。

本稿を通じて強調したかったのは、失敗そのものを讃えることでも、復活者を単なる幸運として片付けることでもない。重要なのは、失敗してもなお残るものに目を向け、それを再活用できる能力を理解することだ。そこには学ぶべき教訓がある。何かを失っても、自分の中に失わないものを持っている人は、経済的にはまだ終わっていない。失敗後に本当に問われるのは、かつて持っていた金ではなく、自分自身を再び資本化できるかどうかである。そして、その挑戦を支える環境を整えることが、これからの起業大国への道筋なのではないだろうか。

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